宝塚歌劇団星組の元トップスターとして多くのファンに愛された礼真琴さん。
2025年8月に退団した今でも、その魅力と実力は多くの人々の記憶に残り続けています。
歌・ダンス・芝居の三拍子が揃った実力派として「令和最初のトップスター」の称号を得た彼女ですが、その背景にはどのような経歴があるのでしょうか。
今回は、礼真琴さんの年齢や生年月日などの基本プロフィールから、何期生として入団したのか、
出身地や身長などの詳細情報まで、徹底的に解説します。
礼真琴の基本プロフィール – 年齢・生年月日・身長
現在何歳?生年月日の詳細
礼真琴さんの誕生日12月2日。
生年は公式には公表されていませんが、報道や二次情報では1990年生まれとされることが多く、これに基づけば2025年10月現在は34歳となります。
12月2日生まれということは、いて座の星座を持つことになります。
1990年生まれの礼真琴さんは、平成2年生まれの世代にあたり、同世代には多くの著名人がいます。
- 林遣都(1990/12/6)
- 玉森裕太(1990/3/17)
- 浅田真央(1990/9/25)など
宝塚入団時は18歳という若さで、首席という重責を担いながらも、その若々しいエネルギーで舞台を魅了し続けました。
身長は170cm
礼真琴さんの身長は170cmです。
一般的な女性としては高身長に分類されますが、宝塚の男役としては実は小柄な部類に入ります。
宝塚の男役は通常170cm以上が多く、トップスタークラスになると175cm前後の方が多い中で、礼真琴さんの170cmという身長は「フェアリー系の男役」と呼ばれる所以でもあります。
この身長でありながらトップスターまで上り詰めたのは、持ち前の実力と魅力、そして舞台映えする体型があってこそ。
少年漫画のヒーローのような印象を与える中性的な顔立ちと相まって、独特の存在感を放っていました。
血液型はO型で、愛称は「まこっつあん」「こと」「こっちゃん」など、親しみやすい呼び方で多くのファンに愛されています。
95期首席入団の軌跡 – 何期生として宝塚の扉を開いたのか
宝塚音楽学校への道
礼真琴さんは2007年4月に宝塚音楽学校に入学し、95期生として宝塚歌劇団の扉を開きました。
この95期生は後に「花の95期」「黄金世代」と呼ばれる優秀な期となるのですが、当時の競争倍率は19.18倍(受験者863人、合格者45人)でした。
近年の宝塚音楽学校の競争倍率が20倍を超えることが多い中で、95期の19.18倍は比較的低い倍率でした。
しかし、結果的にこの期から多くのトップスターが誕生することになり、「倍率が低くても実力は最高レベル」ということを証明する期となりました。
首席入団という快挙
2009年3月に宝塚音楽学校を卒業した礼真琴さんは、同年4月に宝塚歌劇団に95期生として首席入団を果たします。
45人中1位という成績での入団は、音楽学校での2年間の努力が実を結んだ結果でした。
首席入団者は各期で1名のみであり、学業成績、品行、将来性などを総合的に評価されて決定されます。
礼真琴さんの首席入団は、後のトップスター就任への第一歩となる重要な出来事でした。
初舞台は宙組公演「薔薇に降る雨/Amour それは…」で、その後星組に配属となります。
入団から10年後の2019年10月14日には星組トップスターに就任し、入団11年目でのスピード就任として話題になりました。
礼真琴の出身と家族背景
東京都江戸川区出身の詳細
礼真琴さんの出身地は東京都江戸川区です。
江戸川区は東京23区の東端に位置し、千葉県と隣接する地域。下町情緒が残る一方で、住宅地として発展している地域でもあります。
礼真琴さんは江戸川区で生まれ育ち、幼少期からバレエとピアノを習っていました。
中学時代に宝塚歌劇を観劇したことが宝塚を目指すきっかけとなったそうです。
地元の環境が、後の宝塚での活躍につながる基礎を築いていたのかもしれません。
出身校は東海大学附属浦安高等学校
出身校は東海大学附属浦安高等学校で、千葉県浦安市にある中高一貫校です。
同校は32期生として卒業しており、スポーツに力を入れている学校として知られています。
礼真琴さんの優れた身体能力や舞台での動きの美しさは、この学校での教育も影響しているかもしれません。
興味深いことに、礼真琴さんの退団公演の際には、出身校の高校3年生が芸術鑑賞会として東京宝塚劇場を訪れ、後輩たちが先輩の晴れ舞台を観劇したというエピソードもあります。
父親は元サッカー日本代表選手
礼真琴さんの家族背景で特に注目すべきは、父親が元サッカー日本代表選手の浅野哲也さんであることです。
浅野哲也さんは1967年2月23日生まれ、茨城県鹿島郡鉾田町(現:鉾田市)出身の元プロサッカー選手で、現在はサッカー解説者・指導者として活動しています。
身長185cmの浅野哲也さんは、現在WYVERN U22の監督も務めており、サッカー界では著名な存在です。
礼真琴さんの卓越した運動神経や舞台での身体表現力は、まさに父親譲りと言えるでしょう。
家族構成は5人家族で、両親、姉1人、礼真琴さん、弟1人となっています。
スポーツ選手の家庭らしく、身体を動かすことを大切にする環境で育ったことが推測されます。
芸名の由来と愛称の意味
「礼真琴」に込められた想い
「礼真琴」という芸名には特別な意味が込められています。
「礼」の文字は、礼真琴さんが尊敬し、宝塚を目指すきっかけとなった元星組トップスター「柚希礼音」さんから一文字をもらったものです。
柚希礼音さんは礼真琴さんにとって憧れの存在であり、その名前の一部を芸名に取り入れることで、常に目標とする気持ちを表現しています。
一方、「琴」の文字は本名の「浅野琴」から取られています。本名は「あさの こと」で、「琴」という美しい響きの名前が芸名にも活かされています。
愛称それぞれの由来
礼真琴さんには複数の愛称がありますが、それぞれに興味深い由来があります。
「まこっつあん」は、尊敬する柚希礼音さんが名付けた愛称です。
「まこと」という名前から自然に生まれた親しみやすい呼び方で、ファンの間でも広く使われています。
「こと」と「こっちゃん」は、本名の「琴(こと)」から来ている愛称です。
特に「こっちゃん」は、家族や親しい人たちから呼ばれていた幼い頃からの愛称かもしれません。
これらの愛称は、礼真琴さんの人柄の温かさと親しみやすさを表現しており、多くのファンが様々な呼び方で彼女を応援していました。
入団前の経歴と子役時代
子役として活動していた貴重な経験
礼真琴さんは宝塚入団前に子役として活動していた経歴があります。
この経験は宝塚での活躍にとって非常に重要な基盤となりました。
具体的には、映画「博士の愛した数式」に出演しており、エンドロールで名前を確認することができます。また、その他にもミュージカルや舞台、ドラマなどに出演し、映画のエキストラとしても活動していました。
中学生まで「浅野琴」として芸能活動を行っていた礼真琴さんは、この経験を通じて演技の基礎を身につけていました。
宝塚入団後に「明るくて誰からも好かれる性格で、お芝居は二枚目から悪役までなんでもこなしてしまい、女役も違和感なく演じることができる」と評価されたのも、この子役時代の経験があってこそです。
宝塚受験への道のり
子役として活動していた礼真琴さんが宝塚を目指すきっかけとなったのは、中学時代の宝塚歌劇観劇でした。
その美しさと迫力に魅了され、自分も宝塚の舞台に立ちたいという強い想いを抱くようになります。
幼少期からバレエとピアノを習っていた基礎と、子役としての演技経験、そして何より宝塚への憧れが、2007年の宝塚音楽学校受験へとつながっていきました。
95期生の絆と同期たち
「黄金世代」95期生の実力
95期生は「黄金世代」と呼ばれ、多くのトップスターを輩出しています。
礼真琴さんをはじめ、柚香光さん(元花組トップスター)、月城かなとさん(元月組トップスター)、朝美絢さん(雪組次期トップスター)など、錚々たるメンバーが同期として切磋琢磨していました。
娘役でも愛希れいかさん(元月組トップ娘役)、妃海風さん(元星組トップ娘役)、実咲凜音さん(元宙組トップ娘役)など、
多くのトップ娘役を輩出しており、まさに宝塚史上屈指の優秀な期と言えるでしょう。
「3れい」として親しまれた絆
特に礼真琴さん、柚香光さん、月城かなとさんの3人は「3れい」として親しまれました。
3人ともトップスターになり、それぞれ「れい」という読みが名前に含まれていることから生まれた愛称です。
2024年には95期生同期トークが実現し、柚香光さんのサヨナラ特別番組で放映されました。
花組・柚香光さん、月組・月城かなとさん、雪組・朝美絢さん、星組・礼真琴さん、宙組・桜木みなとさん、専科・水美舞斗さん、輝月ゆうまさん、瀬央ゆりあさんが出演し、
同期の絆の深さを見せてくれました。
礼真琴さんの退団会見でも、同期への愛情あふれる言葉が多く語られ、
「柚香光さんや月城かなとさんの話をする時はリラックスしてニックネームになっちゃったり」という微笑ましいエピソードも話題になりました。
まとめ
礼真琴さんの年齢は34歳(1990年12月2日生まれ)、身長170cm、東京都江戸川区出身で東海大学附属浦安高等学校を卒業という基本プロフィールから、
95期首席入団という輝かしい経歴まで、その全体像が見えてきました。
元サッカー日本代表選手の父親を持つ恵まれた環境、子役時代の貴重な経験、そして「黄金世代」と呼ばれる95期生の一員として同期たちと切磋琢磨した日々。
これらすべてが礼真琴さんの宝塚での成功につながっています。
2025年8月に宝塚を退団した礼真琴さんですが、これまでに培った経験と実力、そして多くの人々に愛された人柄を活かし、新たなステージでの活躍が大いに期待されています。
95期首席入団から始まった礼真琴さんの物語は、宝塚退団後も続いていくことでしょう。
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