宝塚歌劇団の歴史を語るうえで、欠かすことのできないスターがいます。元雪組トップスターの一路真輝さんです。
圧倒的な歌唱力と確かな芝居力で「実力派」と称され、1993年から1996年まで雪組を牽引したその存在感は、退団から30年近くが経った今なお、多くのファンの心に刻まれています。
この記事では、一路真輝さんの宝塚時代を多角的に掘り下げます。
- 何期生で、入団時の成績はどうだったのか
- 男役としてどんな道を歩んだのか
- 相手役は誰だったのか
- 「3オクターブ」とも言われる歌唱力の秘密
- 同期はどんな仲間たちか
- 天海祐希さんとの関係
- 杜けあきさんとの関係
ファン歴の長い方もそうでない方も、ぜひ最後までお読みください。
一路真輝は何期生?成績は?宝塚への入団経緯
一路真輝さんが初めて宝塚を観たのは、小学6年生のとき。愛知県名古屋市の中日劇場で安奈淳さんが主演する花組公演を観劇し、その瞬間に「この舞台に立ちたい」と心を決めたといいます。
特に専門的なレッスンを受けることなく1回の受験で合格し、1980年に宝塚音楽学校に入学。そして1982年、68期生として宝塚歌劇団に入団しました。
注目すべきは入団時の成績が7番だったこと。もともとの実力の高さがうかがえます。
入団当初の芸名は「一路万輝」。芸名の由来は「真実一路」という言葉からきており、のちに「一路真輝」へと改名しています。宝塚時代の愛称は「いちろ」「いっちゃん」と呼ばれ、本名の石川いづみにも由来しています。
宝塚時代の男役としての歩み
一路真輝さんは入団後、男役として雪組に配属されます。
しかし実は、入団当初は「雪組だけには配属されたくなかった」という本音があったといいます。
演目が落ち着きすぎている、先輩が怖そう……というのがその理由だったとか。
それでも、その雪組でこそ一路さんは大輪の花を咲かせることになります。
下級生時代から、その才能は光り輝いていました。
入団わずか2年目(研2)の新人公演「ブルー・ジャスミン」で、異例の主役抜擢を受けています。
通常、研2生が新人公演の主役を務めることは非常に稀なことで、いかに早くから逸材と見なされていたかがわかります。
1985年には、「はばたけ黄金の翼よ」でヒロイン・クラリーチェに抜擢されるというさらなる驚きの経験も。
男役でありながら娘役のヒロインを演じた一路さんは、宝塚でも珍しい「二刀流」の存在として評判になりました。
娘役として大成できると周囲に言われながらも、引き続き男役として研鑽を積み、スター路線を歩み続けたのです。
その道のりは決して平坦ではありませんでした。
1987年の公演中には自然気胸で入院するという体調面での危機も経験。
さらに在団中に家族の不祥事という私的な苦難も重なりました。
それでも一路さんはスター路線から脱落することなく、努力で乗り越えていきます。
ショー場面では他のスターが金髪・茶髪にするなか、一路さんだけが黒髪を貫いていたというエピソードも有名です。
「あの黒髪の人がかっこよかった!」と語るファンも多く、凛とした「白い王子」のようなビジュアルは一路さんの代名詞でもありました。
そして1993年、「天国と地獄/TAKE OFF」で雪組トップスターに就任。
1996年「エリザベート」千秋楽をもって退団するまで、約3年間にわたって雪組を率いました。
相手役は誰?トップ時代の代表作
一路真輝さんのトップスター時代を語るうえで、相手役の存在は欠かせません。
実は相手役とのエピソードは、下級生時代から始まっています。
1985年の「はばたけ黄金の翼よ」では、当時の雪組トップスターだった麻実れいさんの相手役にヒロインとして抜擢されました。
これが大きな転機の一つとなり、その後の活躍への足がかりとなりました。
1993年のトップスター就任時には、相手役として紫とも(むらさきとも)さんと初のトップコンビを組みます。
その後、「雪之丞変化」より星組出身の花總まり(はなふさまり)さんを新たな相手役として迎え、退団まで共に舞台を彩りました。
トップ時代の代表作として特に名高いのが、1996年の「エリザベート」。
日本初演となったこの作品で一路さんはオーストリア皇妃と禁じられた恋に落ちる黄泉の帝王・トート役を演じ、絶賛を博しました。
その他にも「風と共に去りぬ」「ベルサイユのばら」といった名作を主演し、雪組の黄金時代を彩っています。
退団後も「エリザベート」は一路さんの代名詞となり、退団した同年には東宝ミュージカル「王様と私」で女優としての第二のキャリアをスタートさせました。
一路真輝の歌唱力はなぜすごい?
一路真輝さんを語るとき、まず誰もが口にするのが圧倒的な歌唱力です。
その音域は3オクターブと言われており、男役の低音から女性らしい高音まで自在に操ることができます。
先天的に股関節に障がいを抱えていたことから、「あまり踊らないスター」という一面もあったことは事実です。
しかしそのハンデを補って余りある歌声と芝居力で、誰もが「実力派」と認めるトップスターになりました。
特に初演「エリザベート」のトート役での歌唱は、その後も多くのスターがこの役を演じてきた中で、
「やはり一路さんの歌が一番」とファンからいまだに語り継がれるほどの伝説的な評価を受けています。
退団後の活動でもその歌声は輝きを放ちました。
1998年4月にはウィーン・アン・デア・ウィーン劇場でトートとして歌い、現地の観客の喝采を浴びました。
さらに同年、ニューヨークの舞台でも歌唱し、国境を越えてその実力を証明しています。
驚くことに、現在も自宅での発声練習は欠かさないとのこと。
男役と女役の声を自由自在に操る歌声を今なお維持しているのは、この地道な努力の積み重ねにほかなりません。
舞台に立ち続ける姿勢そのものが、一路さんの「実力派」たる所以でしょう。
同期はどんな人たち?68期生の仲間たち
一路真輝さんが属する68期生は、1982年入団のひとつの世代を形成しています。
その同期には、のちに宝塚歌劇団の要となる人材が揃っていました。
まず特筆すべきは大峯麻友(おおみねまゆ)さん。
月組に配属された大峯さんは、1998年に宙組が創設された際に、その初代組長に就任しました。
宙組という新しい組の礎を築いた人物として、宝塚史にその名を刻んでいます。
次に英真なおき(えまなおき)さん。
星組の組長を歴任した後、現在は専科の男役として在団を続けており、68期生の中でも現役としてその存在感を発揮し続けています。
また、元月組娘役スターで現在はタレントとして活動するあさなぎりん(在団時の芸名:朝凪鈴)さんも同期の一人。
さまざまな組に散らばりながら、それぞれの持ち場でキャリアを築いてきた68期生は、まさに実力ある世代と言えます。
天海祐希との仲良しエピソード
一路真輝さんと天海祐希さんは、宝塚では雪組と月組という異なる組に属し、
一路さんが68期生(1982年入団)、天海さんが73期生(1987年入団)と、5期の差がある先輩・後輩の関係です。
しかしながら、同じ時代を宝塚のトップスターとして駆け抜けた2人には、共演・共演に近い場での微笑ましいエピソードが残されています。
1994年の「TMP音楽祭」では、当時の各組トップスターが一堂に会しました。
そこには雪組トップの一路真輝さん(研13)と月組トップの天海祐希さん(研8)も揃っており、
トップ陣の中でもひときわ若い天海さんが、上級生スターたちと打ち解けた様子でトークを盛り上げ、モノマネまで披露するなど場を賑わせたといいます。
また、複数のOGが集う映像では、一路真輝さん・天海祐希さん・真矢みきさん・麻路さきさんが共に歌い踊るシーンが残されており、
お互いに緊張感なく話している和やかな雰囲気から、宝塚OG同士としての良好な関係がうかがえます。
天海さんが自ら綴っていたエッセイ連載「おいら。」では、宝塚時代の上級生との深い交流が明かされており、
厳しい規則のある音楽学校時代から先輩・後輩の枠を越えたつながりを大切にしてきた天海さんの姿勢が伝わってきます。
組と期を越えて結ばれた宝塚OG同士の縁は、退団後も続いているようです。
杜けあきとの関係:「芝居の雪組」を継いだ2人
一路真輝さんと深い絆で結ばれているOGといえば、同じ雪組を率いた先代トップスターの杜けあき(もりけあき)さんです。
杜さんは1959年生まれの65期生で、一路さんより3期先輩にあたります。
1988年に入団10年目というスピードで雪組トップスターに就任し、「芝居の雪組」と称される黄金時代を牽引。
そして1993年3月に退団し、翌4月から一路さんがそのバトンを受け取りました。
まさに前任・後任として雪組の看板を受け継いだ2人なのです。
杜さんはトップ在任中、「ベルサイユのばら」「華麗なるギャツビー」「忠臣蔵」などの大作を主演。
退団公演「忠臣蔵」での大石内蔵助役は菊田一夫演劇賞を受賞した伝説的な舞台となりました。
一路さんはそれを引き継ぎ、「エリザベート」「風と共に去りぬ」など新たな名作でさらに雪組の歴史に厚みを加えていきます。
雪組100周年記念コンサート「Greatest Dream」では、2人が揃って出演し当時を振り返るインタビューが行われました。
そこで杜さんと一路さんは次のような言葉を残しています。
「私たちは生粋の雪組育ちで雰囲気も似ていたので、よき理解者の役が多かったね」
先輩から後輩へ、雪組という舞台を心を込めて受け継いできた2人の信頼関係を象徴するような言葉です。
また一路さんは「自分たちの現役時代の代表曲というより、宝塚の代表曲となった曲を歌う予定」と語り、自分たちの時代が宝塚の歴史の一部になっていることへの誇りと感謝をにじませました。
杜さんの「トップが代わって組の雰囲気が変化しても、根本に残る部分は一緒」という言葉も、2人が雪組に注いできた愛情と、
その精神が今も受け継がれていることへの確信として、深く響くものがあります。
まとめ
一路真輝さんの宝塚時代を振り返ると、そこには華やかなスターの姿だけでなく、数々の試練を乗り越えてきた一人の女性の強さと誠実さが浮かびあがってきます。
68期生として入団成績7番でスタートし、研2での新人公演主演抜擢、二刀流と称されたヒロイン経験、病気と家庭の苦難、そして雪組トップスターへの就任。
その道のりは決して平坦ではありませんでした。
しかしその歩みすべてが、「実力派」と称されるトップスターとしての一路真輝さんを作り上げたのです。
3オクターブの音域から生まれる圧倒的な歌声は、宝塚の枠を超えてウィーンやニューヨークでも人々を魅了しました。
そして杜けあきさんという心強い先人が築いた「芝居の雪組」の伝統を誠実に受け継ぎ、天海祐希さんをはじめとする同時代のスターたちとも温かな関係を育ててきました。
退団後もミュージカル界の第一線で輝き続ける一路真輝さん。その活躍はこれからも目が離せません。
宝塚時代をまだご覧になったことがない方は、ぜひ映像や音源でその歌声と舞台を体験してみてください。


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