2025年2月に新グループKEY TO LITのメンバーとして新たなスタートを切った中村嶺亜さん。
「恋人にしたいランキング」3連覇という圧倒的な人気を誇る彼ですが、その軌跡は入所当時から驚きに満ちています。
スケートボード少年だった12歳の少年が、どのようにしてトップアイドルへと成長したのか。
本記事では、中村嶺亜さんの昔からジュニア時代、バンド活動、そして現在に至るまでの歴史を詳しく紐解いていきます。
入所歴の始まり|12歳のスケボー少年がアイドルになるまで
入所当時の驚きのエピソード
中村嶺亜さんの入所歴は、2009年10月3日から始まります。
当時小学6年生、12歳だった中村さんがジャニーズの世界に足を踏み入れたきっかけは、まさに「アンビリバボー」な出来事でした。
なんと、母親の知り合いが本人の知らないうちに事務所へ履歴書を送っていたのです。オーディションの通知が届いた時、中村さんは当時真剣に取り組んでいたスケートボードの大会を優先し、1回目の通知は辞退。2回目の通知が来た際も気が進まなかったものの、親から「受かったらスケボーの大会で優勝するよりすごいことだよ」と言われ、
「それなら受かったうえで辞めてやる」という気持ちでオーディションに臨んだそうです。
入所当時のエピソードで特に有名なのが、ジャニー喜多川さんとの出会いです。
周りの子たちが準備万端でオーディションに臨む中、中村さんは何も準備せず、その場にいた社長のジャニーさんにそうとは知らず「スケボー無いの?」と生意気に話しかけたというのです。
しかしこの生意気さが逆に評価されたのか、約100人の候補者の中から井上瑞稀さんと2人だけピックアップされ、見事合格を果たしました。
入所直後の快進撃
入所歴の始まりから、中村さんの活躍は目覚ましいものでした。
入所からわずか1ヶ月後の2009年12月には、スノープリンス合唱団のメンバーとしてCDデビューを果たします。
この合唱団は平均年齢10.5歳という、ジャニーズ史上最年少ユニットでした。
さらに驚くべきことに、同年12月31日には『第60回NHK紅白歌合戦』の企画「こども紅白歌合戦」に出場。
入所当時からわずか3ヶ月足らずで紅白の舞台に立つという、異例の速さでの成功を収めたのです。
小さい頃から多才だった中村嶺亜
中村嶺亜さんの才能は、小さい頃から既に開花していました。
3歳の時にスケートボードを始め、小学3年生から本格的に競技に参加。
小学5年生の時には旅行先の九州で行われた大会で初優勝を飾り、入所前までに3度の優勝経験を持つ実力者でした。
父親がスノーボードの選手だったという環境も、中村さんの運動神経の良さに影響しているのでしょう。
現在もプロスケートボード選手の白井空良さんと親交があり、2021年には日本テレビ系『ネオコロッセオ』で東京五輪メダリストと対決。
銅メダリストの中山楓奈さんや金メダリストの西矢椛さんを相手に、それぞれ65cm、60cmの「オーリーバー」を跳んで勝利するという快挙を成し遂げています。
スケートボードだけでなく、小さい頃から油絵も学んでいました。この芸術的な才能は後に大学での油絵専攻、そしてバラエティ番組『プレバト!!』での活躍へとつながっていきます。
家族構成は、父親、母親、そして2歳下と8歳下の妹2人の5人家族。
妹たちとは非常に仲が良く、一緒にゲームをするほどの仲良しぶりだそうです。
幼少期から大切に育てられた環境が、現在の中村さんの優しい人柄を形成したのかもしれません。
ジュニア時代を彩った前のグループ|元グループから7 MEN 侍まで
スノープリンス合唱団での活動
中村嶺亜さんのジュニア時代は、前のグループや元グループでの活動の積み重ねでした。
入所直後から参加したスノープリンス合唱団は、森本慎太郎さんを中心とした11人組のユニット。
映画『スノープリンス 禁じられた恋のメロディ』に関連して結成されたこのグループで、中村さんは紅白歌合戦という大舞台を経験しました。
Sexy Boyzでの成長期
ジュニア時代の重要な前のグループとして、2012年から2013年にかけて活動したSexy Boyz(セクボ)があります。
このユニットは、Sexy Zone(現timelesz)のバックダンサーとして結成され、神宮寺勇太さんらと共に活動。
『雨だって』『Don’t Stop Sexy Boyz!』『Young and Beautiful!』といった楽曲で、ファンの心を掴みました。
この時期、中村さんは15歳から16歳。
まさにアイドルとして成長していく大切な時期を、Sexy Boyzという元グループで過ごしたのです。
伝説の同期コンビ「みじゅれあ」
ジュニア時代を語る上で欠かせないのが、井上瑞稀さんとの関係です。
2人は入所日が完全に同じ2009年10月3日で、100人の候補者から一緒にピックアップされた運命の同期。
ファンからは「みじゅれあ」(みずれあ)の愛称で親しまれ、16年間それぞれHiHi Jetsと7 MEN 侍という別のグループで活動してきました。
そして2025年2月、KEY TO LITの結成により、16年ぶりに同じグループのメンバーとして再び肩を並べることになったのです。
7 MEN 侍結成の秘話
中村さんのジュニア時代で最も重要な転機となったのが、2018年2月の7 MEN 侍結成です。
実はこのグループ、中村嶺亜さんと菅田琳寧さんがジャニー喜多川さんに直談判して実現したものでした。
2人は東京五輪でスケートボードが競技として採用されることを知り、「自分たちの特技を活かしたグループを作りたい」とジャニーさんに相談。
ジャニーさんは2人の熱意を受け止め、楽器が弾けるメンバーを集めてバンドスタイルのグループを結成することを決定しました。
グループ名の「7 MEN 侍」は、黒澤明監督の映画『七人の侍』にちなんでジャニーさん自身が命名。
だから読み方は「セブンメンざむらい」ではなく「セブンメンさむらい」なのです。
ファンネームの「痺愛(ひめ)」は、「痺れるほど俺たちを愛してくれる」という意味が込められています。
7 MEN 侍でのバンド活動|ベースからギターへの転身
7 MEN 侍は、ジャニーズJr.の中でも異色のバンドスタイルを採用したグループでした。
中村嶺亜さんは当初、バンドでベースを担当していました。
しかし2020年春頃、グループはより本格的なバンド活動へと舵を切り、メンバーの楽器担当に大きな変更が行われます。
この時、中村さんはベースからギターへと転身し、同時にメインボーカルも務めることになりました。
矢花黎さんがメインギターからベースへ、今野大輝さんがリードギターを担当するという形で、パートチェンジが実施されたのです。
バンドとしての7 MEN 侍の楽器編成は以下の通りでした。
- 中村嶺亜さん:ギター、メインボーカル
- 菅田琳寧さん:サックス、ギター
- 本髙克樹さん:キーボード
- 今野大輝さん:リードギター
- 矢花黎さん:ベース
- 佐々木大光さん:ドラム
中村さんは以前、このバンド活動について「バンドをやっているからこそ、アイドルとして歌って踊るのが楽しいって気づける」と語っています。
歌って踊るアイドル活動と、楽器を演奏するバンド活動という「二刀流」のスタイルが、彼の表現の幅を大きく広げたのです。
ギターを手に取り、センターとしてグループを牽引する中村さんの姿は、7 MEN 侍の象徴的な光景となりました。
恋人にしたいランキング3連覇達成|10年の軌跡
中村嶺亜さんを語る上で外せないのが、アイドル雑誌『Myojo』の読者投票企画「あなたが選ぶジュニア大賞」における「恋人にしたい」部門での圧倒的な実績です。
この恋人にしたいランキングにおける中村さんの歴史は、2013年の18位から始まりました。
翌2014年には9位にランクインし、そこから驚異の記録が続きます。
2014年から2024年まで、なんと10年連続でトップ10入りを果たしたのです。
そして2023年、10位入賞10年目にして初めて1位の栄冠を手にします。
「ファン思いで最高にカッコいい」「いつもポジティブで、やさしくしてくれそう」といった読者からの熱い支持を集めての快挙でした。
翌2024年には2連覇を達成。
さらに2025年には3連覇を成し遂げ、27歳10ヶ月という年齢で恋人にしたいランキング史上最年長での1位獲得という記録も樹立しました。
この間、「恋人にしたい」以外にも、「いちばん美形」「先輩になってほしい」「いちばんおしゃれ」など、計13部門で1位を獲得。
まさに読者から絶大な支持を受けるジュニアとして、その地位を確立したのです。
10年という長期にわたってトップ10に留まり続けること自体が驚異的ですが、そこから3年連続で1位に輝くというのは、中村さんの魅力が年々増していることの証明と言えるでしょう。
天てれには出演していない?よくある誤解を解説
「中村嶺亜 天てれ」という検索が多いことから、多くの人が「中村さんは天才てれびくんに出演していたのでは?」と疑問に思っているようです。
しかし実際には、中村嶺亜さんは天才てれびくんには出演していません。
ではなぜこの疑問が多いのでしょうか。
理由はいくつか考えられます。
まず、中村さんが小学生の頃から芸能界で活躍していたこと。
入所直後から紅白歌合戦に出場するなど、子役のような活動をしていたため、天てれに出ていてもおかしくない雰囲気があったのです。
また、当時のジャニーズ事務所所属の子が実際に天てれに出演していたことも、混同される理由の一つでしょう。
中村さん自身は、入所後すぐにスノープリンス合唱団やSexy Zoneのバックなど、ジャニーズの活動に専念していました。
なお、2024年には7 MEN 侍として天才てれびくん関連の企画に参加したことはありますが、これは子役時代の出演とは異なるものです。
昔から培った才能が開花|プレバトと個展、そしてKEY TO LIT
小さい頃から学んできた油絵の才能は、大人になってからも開花し続けています。
中村さんは高校卒業後、和光大学の芸術学科で油絵を専攻。
2020年に大学を卒業した後も、その才能を磨き続けてきました。
バラエティ番組『プレバト!!』では、水彩画部門で名人弐段の実力を発揮。
査定員の野村重存さんからは、グループ名をもじった「7明暗侍(セブン・メイアン・ザムライ)」というニックネームで呼ばれています。
これは、明暗の使い方が巧みであることを評価されてのことで、中村さんの画力の高さを物語っています。
スプレーアートや黒板アートなど、様々なアート系企画に挑戦し、その度に高い技術力を披露してきました。
そして2026年春には、ジュニアで初めてとなる個展を開催する予定です。
アイドルとしてだけでなく、アーティストとしても新たなステージに立とうとしています。
そして2025年2月16日、7 MEN 侍は事実上の解散を発表し、メンバーシャッフルによって新グループが結成されました。
中村さんは、HiHi Jetsの井上瑞稀さん・猪狩蒼弥さん、美 少年の岩﨑大昇さん、7 MEN 侍の佐々木大光さんと共に、5人組グループ「KEY TO LIT(キテレツ)」のメンバーとなりました。
運命の同期である井上瑞稀さんと、16年ぶりに同じグループで活動することになったのです。中村さんはブログで、7 MEN 侍のファン「痺愛」に向けて、日本武道館での単独ライブやCDデビューが叶わなかったことを詫びながらも、
「これまでの7年間を活かしながらこれからもSTARTO社のアイドルとして直向きに努めていく」という決意を表明しました。
まとめ|入所から16年、多才な才能で魅了し続ける中村嶺亜
中村嶺亜さんの昔から現在までの歴史を振り返ると、その歩みは驚きと感動に満ちています。
スケートボード少年だった12歳が、母親の知り合いの行動というアンビリバボーなきっかけでジャニーズの世界へ。
入所当時からわずか3ヶ月で紅白の舞台に立ち、ジュニア時代は様々な前のグループや元グループで経験を積みました。
7 MEN 侍ではバンド活動に挑戦し、ギターを手にメインボーカルとしてグループを牽引。
恋人にしたいランキングでは10年連続トップ10入り、そして3連覇という偉業を達成しました。
小さい頃から学んだ油絵の才能は、プレバトでの活躍や2026年春の個展開催へとつながっています。
そして2025年、KEY TO LITとして新たなスタートを切った中村さん。
同期の井上瑞稀さんと再び同じグループで活動できることになり、16年間の歴史が新しい形で結実しようとしています。
スケートボード、ギター、油絵と多彩な才能を持ち、常にポジティブで前向きな姿勢を貫く中村嶺亜さん。
これからもその魅力で多くの人を魅了し続けることでしょう。
KEY TO LITでのCDデビュー、そして個展での新たな一面の披露。
中村さんの今後の活躍から、ますます目が離せません。


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