宝塚歌劇団雪組の元トップスターとして、「宝塚随一の歌唱力」と称された望海風斗さん。
2021年の退団後は、ミュージカル女優として『ガイズ&ドールズ』『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』『エリザベート』など話題作に次々と主演し、
第30回読売演劇大賞優秀女優賞・第48回菊田一夫演劇賞を受賞するなど、日本のミュージカル界に欠かせない存在となっています。
圧倒的な歌声と存在感で多くの人を魅了する望海風斗さんですが、その輝かしいキャリアはどこから始まったのでしょうか。
実は、幼少期のバレエとの出会い、中学時代に固まっていった夢、そして高校時代の猛レッスンなど、
宝塚に至るまでの道のりには、感動的なエピソードがたくさん詰まっています。
今回は「出身中学」「高校」「バレエ教室」というキーワードをもとに、
望海風斗さんの子ども時代から宝塚入団までの軌跡を、できる限り詳しくご紹介します。
望海風斗のプロフィールと出身地
まずは基本的なプロフィールから確認しておきましょう。
望海風斗さんは、1983年10月19日生まれ。本名は大門紋子(おおかど あやこ)さんといいます。出身地は神奈川県横浜市で、現在もワタナベエンターテインメントに所属し、舞台・テレビ・ラジオと幅広く活躍されています。身長は169cmで、宝塚の男役として申し分ないスタイルの持ち主です。
愛称の「だいもん」は、本名の苗字「大門」の読み間違いがきっかけで定着したもの。元娘役の華耀きらりさんが命名したとされており、最初は宝塚の劇団内だけの呼び名でしたが、いつしかファンの間にも広く浸透しました。
望海風斗さんは幼い頃から歌うこと・踊ることが大好きな子どもだったといいます。将来は漠然と「歌う仕事に就きたい」と考えていたそうですが、宝塚ファンだった叔母の影響でタカラジェンヌの存在を知り、憧れを抱くようになっていきました。初めて宝塚歌劇を観たのは小学生のとき。月組トップスターだった涼風真世さんの退団公演『グランドホテル』を観て「なんて素敵な世界なんだろう」と一瞬で夢中になったと語っています。
望海風斗の中学はどこ?出身中学と中学時代のエピソード
望海風斗さんの出身中学については、神奈川県内の公立中学校であることは伝わっているものの、学校名は公表されていません。
多くのタレントさんと同様、プライバシーへの配慮から具体的な情報は明かされていないようです。
しかし、中学時代がどんな時期だったかは、いくつかのインタビューから浮かび上がってきます。
望海風斗さんが宝塚を「本気で目指したい」と思い始めたのは、小学生のときに天海祐希さんの男役に衝撃を受けてからのことです。
天海さんへの憧れはすさまじく、「天海祐希さんに語る日記帳」をつけていたほど。
日記の中では天海さんを友達に見立てて語りかけるスタイルで書かれていたといい、その”ガチのオタクぶり”は後輩ジェンヌが引いてしまうほどだったと笑い話になっています。
中学時代は、幼い頃から続けていたクラシックバレエとピアノのレッスンを継続しながら、宝塚という夢へ向かって着々と準備を進めていた時期でもありました。
「歌もダンスも演技も、すべてが必要とされる世界」への憧れは、中学生になるにつれてますます強くなっていったようです。
出身中学の詳細は謎に包まれていますが、この時期に育まれた「舞台への純粋な情熱」こそが、後の望海風斗さんをつくった土台と言えるでしょう。
望海風斗が通ったバレエ教室とバレエとの出会い
望海風斗さんとバレエの出会いは、幼少期にさかのぼります。
「昔から身体で表現することが好きで、歌ったり踊ったりするのが大好きな子どもだったそうです。
そんな私を見て、家族が幼い私をバレエ教室に通わせてくれました」
望海風斗さんは2025年のバレエチャンネルのインタビューでこのように語っています。
バレエを始めたのは本人の強い希望というよりも、踊ることが好きなわが子の才能を信じた家族の後押しがきっかけだったようです。
バレエ教室の詳細
通っていたバレエ教室の名称は公表されていませんが、望海風斗さん自身が発表会の規模について語ったエピソードが印象的です。
「通っていた教室の発表会は規模が大きく、全国から生徒が集まり、1週間ほど劇場を貸し切って行われていました」
この「全国の生徒が集まり、1週間劇場を貸し切る」という特徴から、ファンの間では規模の大きなバレエスクール系列の教室だったのではないかと推測されています。
いずれにせよ、本格的な環境でバレエを学んでいたことは間違いないでしょう。
なお、厳しいレッスンが続く中、練習の合間にはおばあちゃんが食事の差し入れを持ってきてくれていたというほほえましいエピソードも残っています。
家族全員が望海風斗さんの夢を支えていた様子が伝わってきます。
発表会が教えてくれた「舞台に立つ喜び」
望海風斗さんがバレエを通じて得た最も大きなものは、「舞台に立つことへの喜び」でした。
「大きな劇場で、綺麗な衣裳を着て、スポットライトを浴びて踊る。舞台に立つことが好きになった原点は、バレエの発表会だったと思います」
この言葉からは、現在に至るまで変わらない「舞台への愛」の原点が、バレエの発表会にあることが伝わってきます。
華やかなステージで輝く感覚を子どもの頃に体感したことが、その後の宝塚への道を自然に引き寄せたともいえるでしょう。
もどかしさと向き合った日々
一方で、望海風斗さんはバレエに対する苦手意識も正直に打ち明けています。
「周りの子はどんどんうまくなっていくのに自分は成長を感じられなくて、もどかしい思いをしていました。発表会があったから頑張れたけれど、そういった目標がなければ続けられなかったかもしれない」
トップスターとして宝塚を引っ張った方でも、子ども時代には周囲との差に悩んでいたのです。
この正直な告白は、バレエを習っている多くの子どもたちや保護者の方々の心にも響くのではないでしょうか。
それでも諦めずに続けた経験が、後の宝塚での粘り強さや忍耐力につながっていったのかもしれません。
望海風斗の高校はどこ?宝塚を目指した高校時代
中学を卒業した望海風斗さんが進学したのは、法政大学女子高等学校(現・法政大学国際高校)です。
法政大学女子高等学校とはどんな学校?
法政大学女子高等学校は神奈川県横浜市にある私立の高校で、法政大学の系列校です。
偏差値は65前後とされており、学力的にも非常に高い水準にある学校です。
現在は法政大学国際高校として共学化・改名されていますが、望海風斗さんが在籍されていた当時は女子校として知られていました。
勉強もしっかりできる環境の中で、望海風斗さんは「石橋を30回くらい叩くタイプ」と自称するほど真面目な性格を発揮しながら、
宝塚受験に向けたレッスンにも並行して打ち込んでいました。
宝塚歌劇団への入団時に「次席」という優秀な成績を残したことからも、もともとの努力家気質が伝わってきます。
歌のレッスンを本格的に開始
高校時代は、それまで続けてきたバレエとピアノに加え、歌のレッスンを新たに始めた時期でもありました。
宝塚受験に向けて三本柱(歌・ダンス・演技)をすべて鍛えるべく、本格的に準備を進めていったのです。
受験が近づくにつれてレッスンはどんどん厳しくなり、「胸が締め付けられるような焦り」を感じることもあったといいます。
「万が一不合格だった場合に備えて大学進学も考えるべきか」と悩んだこともあったそうです。
そんな揺れる気持ちを支えてくれたのが、当時の高校の先生でした。
「先のことは後で考えればいい。まずは宝塚歌劇を目指しなさい」というひと言に背中を押され、望海風斗さんはレッスンに集中する決意を固めたといいます。
学校の先生や友人、家族の応援があったからこそ、夢へ向かって走り続けられたと望海風斗さんは振り返っています。
19.5倍の難関を突破
努力の末、望海風斗さんは2001年に19.5倍という競争率を勝ち抜いて宝塚音楽学校に合格。
そして2003年には89期生として次席という優秀な成績で宝塚歌劇団に入団を果たしました。
高校時代に積み上げた地道なレッスンと、周囲の支えが実を結んだ瞬間でした。
バレエが育てた望海風斗の「舞台への魂」
宝塚入団後も、望海風斗さんとバレエの縁は続いていきます。
在団中、作品の振付を通じて元ハンブルク・バレエの大石裕香さんと関わる機会があり、その際に映像で見た『椿姫』に衝撃を受けたといいます。
「お芝居そのものだ」と感じた、とインタビューで語っており、
「バレエはきちっと型に当てはめなければいけない難しいもの」という従来のイメージが大きく塗り替えられた瞬間だったようです。
「美しいだけではなくて、感情がありありと伝わってくるようなダンサーの表現に心が震えました。バレエが自分の好きなものとこんなにも共通しているんだと分かって、とても嬉しかったです」
この言葉は、望海風斗さんが宝塚で追い求めてきた「感情で魅せる表現」と、幼い頃から積み重ねてきたバレエの魂が、深いところでつながっていたことを示しています。
幼少期にバレエ教室で舞台の喜びを知り、中学時代に夢を育て、高校時代に猛レッスンで磨き、宝塚でさらに深化させた表現力。
それがミュージカル女優・望海風斗さんの今日の姿につながっているのです。
まとめ
望海風斗さんの子ども時代を振り返ると、「環境」「家族」「先生」「そして本人の真面目な努力」が重なり合って、宝塚トップスターという夢が実現していったことがよくわかります。
出身中学は神奈川県内の公立中学校(詳細非公表)、高校は偏差値65前後の法政大学女子高等学校。
バレエ教室は全国規模の発表会を行う本格的な教室で、幼少期から中学にかけて通い続けました。
高校では歌のレッスンも加え、2001年の難関を突破して宝塚音楽学校へ進学。2003年には次席という輝かしい成績で夢の舞台へと歩み出しました。
退団後も、読売演劇大賞や菊田一夫演劇賞といった権威ある賞を受賞し、今なお第一線で活躍し続けている望海風斗さん。
2025年には地上波連続ドラマにも初出演を果たし、その活躍の幅はさらに広がっています。
バレエで育てた「舞台への魂」を胸に、これからも日本のエンターテインメント界を牽引し続けてくれることでしょう。
これからの望海風斗さんの活躍から、目が離せません。


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