宝塚歌劇団宙組のトップスターとして多くのファンを魅了し、2025年4月に退団した芹香斗亜さん。
本名は山沖彩也花(やまおきさやか)さんといいます。
その圧倒的な存在感と高身長を活かした男役ぶりで、長年にわたって宝塚ファンの心を掴んできました。
そんな芹香斗亜さんの家族が、実はとんでもなく豪華だということをご存知でしょうか?
父親は元プロ野球選手、母親は元タカラジェンヌ、そして兄は神戸でカフェを経営する料理人という、まさに「才能の家系」とも呼ぶべき一家なのです。
この記事では、芹香斗亜さんの家族構成や、それぞれの兄弟・父・母のエピソード、そして実家のお店にまつわる情報を、できる限り詳しくまとめてご紹介します。
芹香斗亜の父・山沖之彦は阪急ブレーブスのエース投手
芹香斗亜さんの父親は、元プロ野球選手の山沖之彦(やまおきゆきひこ)さんです。
1959年7月26日生まれ、高知県出身。
その名を聞けば、往年の野球ファンなら誰もが「あの豪快な投球フォームの!」と反応するほどの名投手です。
山沖之彦さんの野球人生は、高校時代から既に全国に知れ渡るものでした。
中学2年生のときにバスケットボール部を辞めて野球を始め、中村高校時代には部員わずか12名という少人数チームにもかかわらず春の選抜高校野球大会に出場。
「二十四の瞳」と称されて注目を集め、なんと準優勝という輝かしい成績で甲子園を沸かせました。
高校卒業後は専修大学へ進学し、1981年に阪急ブレーブスからドラフト1位指名を受けて入団します。
プロ入り後は初年度こそ7勝15敗と苦しみましたが、辛抱強く起用し続けた上田利治監督の期待に応え、2年目には15勝を記録。
「阪急のエースはヤマはヤマでも山田でなく山沖」とまで言われるほどの存在へと成長しました。
191cmという長身から投げ下ろす角度のある速球とフォークボールを武器に、先発・リリーフ双方で活躍。
1984年には最優秀救援投手のタイトルを獲得してリーグ優勝に貢献し、1987年には最多勝のタイトルも獲得。プロ通算112勝という立派な成績を残しました。
ところが、華々しいキャリアにも波乱が待っていました。
1994年オフにFA権を行使して阪神タイガースへ移籍するも、年俸7,000万円(推定)という好待遇の契約を結んだ直後から右肩の違和感を訴え、
1995年シーズンは一軍で1試合も登板することなく現役引退を余儀なくされます。
「NPBでFA権を行使して一軍公式戦に1試合も出場しないまま自由契約となった選手」という、不名誉な記録もついてしまいました。
引退後は、サンテレビとラジオ関西で野球解説者として活動を開始。
その後もJ SPORTSで解説を続け、NTT西日本硬式野球部の臨時投手コーチなども務めるなど、野球界への貢献を続けています。
そんな父親ですが、幼少期の芹香斗亜さんにとっては少し「怖い存在」だったようです。
芹香斗亜さん自身が語っているエピソードによると、
「3歳まで、体が大きく日に焼けた父が怖かったようで、会うと泣いて母の半径2メートル以内から離れない子だったそうです(笑)」とのこと。
確かに、191cmの大柄で日焼けした元野球選手のお父さんは、幼い子どもにはかなり迫力があったことでしょう。
しかし、ある日の出来事がその関係を変えました。
母と兄と3人で出かけた商業施設で迷子になってしまった芹香斗亜さんを、球場帰りにたまたま通りかかった父親が見つけてくれたのです。
「以来、泣かなくなった。よく覚えていないのですが、きっとそのとき、父がヒーローに見えたんでしょうね」と語る芹香斗亜さん。
野球場でもヒーローだったお父さんが、我が子にとっても最高のヒーローだったわけです。
芹香斗亜の母・白川亜樹は元宝塚月組の男役スター
芹香斗亜さんの母親は、元タカラジェンヌの白川亜樹(しらかわあき)さん。
本名は山沖木綿子(やまおきゆうこ)さんといいます。
1979年に宝塚歌劇団65期生として入団し、月組で男役として活躍した経歴の持ち主です。
身長173cmという長身を活かした舞台での存在感はさすがで、同期には元雪組男役トップスターの杜けあきさんや、元星組トップ娘役スターの南風まいさんなど錚々たるメンバーが揃っていました。
「だんだんお芝居が楽しくなってきた」という充実した宝塚生活でしたが、1985年の「ガイズ&ドールズ」を最後に、いわゆる「寿退団」という形で退団されます。
白川亜樹さんと山沖之彦さんの馴れ初めは、なかなかロマンティックなものです。
白川さんの同僚が阪急ブレーブスの熱烈なファンだったことからグループでの食事会に参加することになり、そこで山沖さんと出会いました。
「聞き上手な山沖さんの性格が気に入った」という白川さん。グラウンドでは豪快な投球を見せる山沖さんが、普段は穏やかで聞き上手という意外な一面を持っていたのですね。
そして1984年、チームがリーグ優勝を果たしたその年に、ふたりは晴れて結婚されました。
退団後は専業主婦として子育てに専念されていた白川さんですが、2002年頃から約13年間、宝塚ホテルの女性専用ラウンジでバーテンダーとして働かれていました。
ただカウンターに立つだけでなく、宝塚公演のイメージカクテルを考案・提供するなど、元タカラジェンヌとしての経験を存分に活かした仕事ぶりが多くのファンに愛されていたといいます。
宝塚ホテルのバーテンダーとして、宝塚歌劇との縁をずっとつないでいたわけです。
現在は「レビュー舞踊白川流」を主宰し、洋楽をかけながら和服でレビュー舞踊を踊るという独創的なスタイルの活動を続けています。
宝塚での経験が、こんな形で新たな芸術表現へと昇華されているのは素敵ですね。
子育てにおいては「子どもたちがやりたいことを応援する」という方針を貫いた白川さん。
自身も好きなことをやらせてもらってきた感謝があるからこそ、子どもたちの夢も全力で応援しようという姿勢でした。
芹香斗亜さんが中学3年生の1学期に突然「宝塚に入りたい」と言い出したときも、
わずか2か月の準備期間でサポートし続けた母親の姿があったからこそ、奇跡的な合格が生まれたのかもしれません。
宝塚の厳しさを誰よりも知る親だからこそ、支え方も温かかったのでしょう。
芹香斗亜の兄・山沖陽介が開いた実家の店「おばんざいカフェ花唄」
芹香斗亜さんには兄が1人います。
山沖陽介(やまおきようすけ)さんといい、兄弟揃って高身長という山沖家の特徴をさらに極めた、なんと身長203cmの大柄な男性です。
陽介さんの青春時代はスポーツ一色でした。
中学時代までは野球(お父さんの血を引いていますね)、高校時代からはアメリカンフットボールに転向し、汗を流す日々を送っていました。
その後は上京し、東京でサラリーマンとして働きます。
しかし、「昔から食べるのも、作るのも好きでした」という食への情熱が忘れられず、ある決断をします。
サラリーマンを辞め、料理の専門学校へ入学。
卒業後は有名ホテルで修業を積み、料理人としての腕を磨いていきました。
そして2021年1月、神戸市灘区に「おばんざいカフェ 花唄(はなうた)」をオープンさせます。
場所は阪急電鉄神戸本線・六甲駅から徒歩わずか2〜3分。
神戸ジャーナルにも取り上げられるなど、地元でも話題となりました。
店名「花唄」には、特別なエピソードが隠されています。
陽介さんによると、「開店準備の最中に他界した祖母が夢に現れてお告げがありました」とのこと。大切な祖母への想いが込められた、温かい名前なのです。
料理のコンセプトは、昆布と鰹の合わせ出汁をベースにした丁寧な和食。
カフェタイム(14時〜17時)には、お母さんの白川亜樹さんが京都から仕入れる選りすぐりの日本茶と甘味が楽しめます。
そして何と、父親の山沖之彦さんも時間を見つけてはエプロン姿で給仕を手伝うことがあるそうで、その姿に現役時代を知る野球ファンが驚きを隠せない場面もあるといいます。
まさに家族総出のお店です。
陽介さんが背が高すぎるため、調理台や流し台などは全て特注サイズで、一般的なものより明らかに高い設置になっているというエピソードも微笑ましいですね。
しかし2022年、陽介さんに大きな転機が訪れます。結婚し、結婚相手の家業である織物会社で修行をすることになったのです。
お店「花唄」はその後、両親(父・山沖之彦さんと母・白川亜樹さん)が引き継ぐ形で営業を継続しています。
息子が作り上げた実家の店を、両親が大切に守り続けているのです。
なお、お店がオープンした際、妹の芹香斗亜さんも祝福のスタンド花を贈っていたそうで、そのお礼の札が今もお店に飾られているとか。
ファンの間では「芹香斗亜さんゆかりの聖地」として親しまれており、宝塚ファンがランチを目的に訪れることも多い人気スポットとなっています。
芸名「芹香斗亜」に込められた家族の愛
「芹香斗亜」という芸名は、宝塚歌劇団が考えたものではなく、実は家族みんなで考えたという心温まるエピソードがあります。
「芹香」は、「天空の」という意味を持つトヨタの名車・セリカ(CELICA)から。
「斗亜」は、母・白川亜樹さんの芸名から「亜」の字を一字もらい、赤ちゃんの名付け辞典から「斗」の字を選んで組み合わせたものです。
車の名前と母の芸名が合わさった、ユニークで愛情あふれる芸名なのです。
また、愛称の「キキ」は、サンリオのキャラクター「リトルツインスターズ」のキキ(ララとのペア)に似ていると、先輩の安蘭けいさんが命名したのが始まりとされています。
そして、家族全員の身長に注目してみると、
- 父・山沖之彦さんが191cm
- 母・白川亜樹さんが173cm
- 兄・山沖陽介さんが203cm
- 芹香斗亜さんが173cm
全員が驚くべき高身長を誇る一家です。
芹香斗亜さんのしなやかで迫力ある男役ダンスの秘密は、この抜群の運動神経と高身長にあるのかもしれません。
さらに、父は阪急ブレーブス(現オリックス)、母は宝塚歌劇団(阪急グループ)、そして芹香斗亜さん自身も宝塚歌劇団という、
家族全員が「阪急」にゆかりのある偶然の一致も、実に興味深いところです。
まとめ
芹香斗亜さんの家族について、父・母・兄のエピソードや実家のお店まで詳しくご紹介しました。
元プロ野球のエース投手だった父、元月組の男役スターだった母、そして料理への情熱を持ち神戸に実家の店を開いた兄。
どの家族も、それぞれの道で全力を尽くしてきた人たちです。
そして「やりたいことを応援する」という家族の方針のもとで育った芹香斗亜さんが、中学3年生でたった2か月の準備で宝塚に合格し、
トップスターへと駆け上がったことは、決して偶然ではないでしょう。
退団後も、神戸の実家には家族が営むおばんざいカフェ「花唄」があります。
阪急六甲駅から徒歩2〜3分というアクセスのよい場所で、両親が温かく迎えてくれるそのお店は、芹香斗亜さんのファンにとっても大切な場所であり続けているようです。
これからも、芹香斗亜さんとその素敵な家族のご活躍を応援しています。


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