元宝塚歌劇団宙組のトップスターとして一世を風靡し、退団後も舞台女優・歌手として活躍し続けている和央ようかさん。
その華やかなキャリアの一方で、長年にわたって怪我や病気と向き合ってきたことはあまり知られていません。
2025年11月、和央ようかさんが「骨折を含む負傷」を公表し、楽しみにしていたクリスマスディナーショーを急遽中止したことで、ファンの間に大きな心配の声が広がりました
。しかし、実はこれが初めての怪我ではありません。さかのぼれば2005年、宝塚在団中に起きた衝撃的な舞台転落事故にまで行き着きます。
この記事では、和央ようかさんが経験してきた怪我・事故・病気について、当時の状況や原因とともに時系列で詳しく解説します。
2005年転落事故|骨盤骨折の原因とは
和央ようかさんにとって最大の試練となったのが、2005年12月21日に起きた舞台転落事故です。
当時、宝塚歌劇団宙組のトップスターとして在籍していた和央ようかさんは、同年10月にすでに退団を発表した後でした。
大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで行われていた「和央ようかライブショー『W-WING』」の第2幕、「10th Fly WAO!!」という場面での出来事でした。
事故の原因は、フライング(宙吊り)装置にありました。舞台の上手側からフライングをスタートし、
宙吊りの状態で舞台中央へ移動する途中、右手で握っていたフライング用装置の握り手が突然抜けてしまったのです。
これが転落の直接の原因でした。
約2メートル強の高さから舞台上に落下した和央ようかさんは、左腰を強打し、その反動で頭部左側も打ちつけました。
しかし驚くべきことに、転落後も体勢を崩したまま、その場面の1曲目を歌い上げ、さらに舞台を続行しようとしたのです。
その後、スタッフの判断により20時50分頃に公演は中止となりました。
精密検査の結果、診断されたのは骨盤骨折と肋骨骨折という重傷でした。
宝塚歌劇団の公式発表では「全治1か月」とされましたが、実際には完全な回復まで3か月以上を要する大怪我だったといいます。
骨盤骨折がもたらした深刻な影響
骨盤骨折という怪我がいかに深刻であるかは、その後の経過を見れば明らかです。
事故の影響で、12月29日までに予定されていたシアター・ドラマシティでの残り公演、さらに翌年1月に予定されていた東京・日本青年館大ホールでの13公演がすべて中止となりました。
ファンへの失望はもちろん、関係者への影響も計り知れないものでした。
しかしながら、和央ようかさんはそこで舞台を諦めませんでした。
入院中であったにもかかわらず、退団公演『NEVER SAY GOODBYE ─ある愛の軌跡─』の稽古に通い続け、舞台に立ち続けたのです。
骨盤骨折からの回復途中であることへの配慮から、この退団公演ではダンスシーンのほとんどがカットされるという異例の対応が取られました。
それほどまでに、怪我の程度は深刻なものでした。
2006年7月2日、東京公演の千秋楽をもって和央ようかさんは宝塚歌劇団を退団。
その後はリハビリに専念し、2007年1月にようやく退団後初のコンサートを開催して本格的な芸能活動を再開させました。
古傷が再び活動を阻む|2009年の病気と降板騒動
2005年の転落事故による骨折は、表向きに完治したあとも「古傷」として和央ようかさんを長く苦しめ続けます。
その影響が顕著に表れたのが2009年のことでした。
同年2月に開演を予定していた舞台「スーパーモンキー・西遊記」に主演として出演するはずだった和央ようかさんが、突然の体調不良を理由に降板。
その原因として挙げられたのが、2005年の宝塚の舞台で負った骨折の古傷でした。
思うように体を動かせない状態だったと伝えられています。
この事態を受け、制作の松竹は代役を立てることができず、舞台自体が上演中止に追い込まれました。
損害額は数千万円規模に上ったとも報じられており、業界に与えた影響は小さくありませんでした。
2005年の事故から4年が経過してもなお、骨盤骨折による後遺症が活動に影響を与えていたという事実は、当時の怪我がいかに重大なものであったかを物語っています。
2025年、再び公表された骨折を含む負傷
それから十数年後、和央ようかさんに再び怪我の報告が届きます。
2025年11月19日、所属事務所のイマージュエンターテインメントが公式インスタグラムを通じてこう発表しました。
「この度、和央ようかが骨折を含む負傷のため、一定期間の治療と安静が必要との診断を受けました」。
この発表により中止となったのは、同月22日に東京・帝国ホテルで、12月14日に大阪・ホテル阪急インターナショナルで予定されていた
「YOKA WAO CHRISTMAS DINNER SHOW 2025 『ENCHANTRESS OF FORTUNE』」の2公演です。
和央ようかさんは同年9月のジャズライブで「ずっと素敵なイベントだなと思っていた」と開催を心から楽しみにしていただけに、本人にとっても無念の中止となりました。
なお、今回の怪我の原因や骨折の詳細な部位については、公式からは一切明らかにされていません。
事務所は「現在、治療に専念しております」とのみ報告しており、ファンは続報を見守るしかない状況でした。
怪我を乗り越えた復帰と現在の活動
幸いにも、2025年の骨折から数か月後には、和央ようかさんが舞台に立つ姿が確認されています。
2026年2月から3月にかけて、東京国際フォーラム・梅田芸術劇場・御園座で上演された「エリザベート TAKARAZUKA 30th スペシャル・ガラ・コンサート」に、フランツ役として出演を果たしました。
総勢58名が集結した豪華なガラコンサートへの参加は、骨折からの確かな回復を示すものでした。
また、2026年3月12日には自身のインスタグラムで直筆メッセージを発信。
「現在『エリザベート』公演中にもかかわらず私的なことでお騒がせし、皆様にご心配をおかけしております事を心よりお詫び申し上げます」と述べたうえで、
「まずは『エリザベートガラコンサート』を最後まで全力で努め上げたいと思っております」と力強い言葉を綴りました。
怪我を抱えながらも舞台への情熱を失わない姿勢は、多くのファンの胸を打ちました。
和央ようかさんはかねてより、体のメンテナンスとしてピラティスと水泳を継続していると語っており、「鍛えるというよりも、小さな筋肉を作ってくれる」と話していました。
長年にわたって積み重ねてきた体づくりが、度重なる怪我からの回復を支えているのかもしれません。
まとめ
和央ようかさんの怪我・事故・病気の歴史を振り返ると、その舞台人としての強さと覚悟が改めて浮かび上がってきます。
2005年の転落事故による骨盤骨折・肋骨骨折という重傷を負いながら、入院中も稽古に通い、退団公演の舞台に立ち続けた姿。
古傷が再発しても諦めず、リハビリを重ねて復帰してきた歩み。
そして2025年の骨折という新たな試練を乗り越え、2026年には再び舞台に立つ姿。
どれも並大抵の意志ではなし得ないことです。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2005年12月 | 舞台「W-WING」でフライング中に転落。骨盤・肋骨骨折(実質全治3か月以上) |
| 2006年7月 | 退団公演千秋楽をもって宝塚退団。リハビリに専念 |
| 2007年1月 | 退団後初コンサートで本格復帰 |
| 2009年 | 骨折の古傷を理由に舞台「スーパーモンキー西遊記」を降板 |
| 2025年11月 | 「骨折を含む負傷」を公表。ディナーショー2公演中止 |
| 2026年2〜3月 | 「エリザベートTAKARAZUKA 30th ガラコンサート」で舞台復帰を確認 |
怪我や病気と戦いながらも決して舞台を手放さない和央ようかさんの今後の活動から、引き続き目が離せません。
※本記事の情報は、宝塚歌劇団の公式発表、各種報道、Wikipediaなどをもとに構成しています。2025年の怪我の原因・部位については公式発表がなく、現時点では詳細不明です。


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