和央ようかと花總まりの関係は?トラブルや共演NGの噂を徹底調査

宝塚

宝塚歌劇団のファンなら一度は耳にしたことがあるはず。

元宙組トップコンビ、和央ようかさんと花總まりさんをめぐる「トラブル」や「共演NG」という言葉。

あれほど固い絆で結ばれていた二人が、なぜ?という疑問はファンの間で長年くすぶり続けています。

宝塚時代の輝かしいコンビ愛から、退団後の異例すぎる関係、そして現在に至るまでの経緯を、できるだけ丁寧に整理していきます。


和央ようかと花總まりの関係とは?

まず二人の関係をおさらいしておきましょう。

和央ようかさんは1988年に宝塚音楽学校を卒業し、74期生として入団。

174cmの長身と中性的なビジュアルで男役として頭角を現し、2000年に宙組2代目トップスターに就任しました。

一方の花總まりさんは1991年入団の79期生。

入団からわずか3年目で月組トップ娘役に就任するという異例のスピード出世を果たし、その後は雪組・宙組で計5人のトップスターの相手役を務め続けました。

そのトップ娘役在任期間はなんと12年3か月。これは宝塚歌劇団の歴史上、いまだ破られていない最長記録です。

二人のコンビ名「タカハナ」は、和央ようかさんの本名・大川貴子の「タカ」と、花總まりの「ハナ」を組み合わせたもの。

2000年から2006年の退団まで6年間、宙組の顔として舞台を支えました。

「コンビ愛」という言葉がぴったりなほど、舞台上での息の合い方は尋常ではなかったと言われています。

公私ともに仲が良すぎて、ファンの間では「養子縁組しているのでは」「もう結婚しているのでは」という噂が本気で流れるほどでした。

宝塚において男役とトップ娘役がここまで「一心同体」と言われたコンビは、ほかに類を見ないものだったかもしれません。


退団時にあったトラブル——舞台事故と記者会見なし問題

二人の関係を語るうえで欠かせないのが、退団時のごたごたです。

2005年10月、和央ようかさんが退団を発表。

その発表のタイミングが、同期の初風緑さんの退団公演の最中だったことで、一部のファンから「配慮がない」という批判が上がりました。

さらに同年12月21日、シアター・ドラマシティでの公演『W-WING』の上演中に、フライング(宙吊り)装置が外れるという舞台事故が発生。

和央ようかさんは2メートルの高さから転落し、骨盤と肋骨を骨折する重傷を負います。

劇団側の発表は「全治1か月」でしたが、実際には全治まで3か月以上かかる大怪我だったと言われています。

それでも和央ようかさんは入院中に稽古に通い続け、退団公演『NEVER SAY GOODBYE』の舞台に立ち続けました。

ただし、回復状態への配慮から、退団公演であるにもかかわらずダンスシーンはほとんどなかったとのこと。

このとき問題視されたのが、退団記者会見が一切行われなかったことです。

当時のファンの間では「劇団側が舞台事故の責任問題を曖昧にしたいのではないか」という声が上がりました。

あれだけの大怪我をさせておきながら、劇団からの明確な謝罪もなく、会見もなし。

のちに「退団記者会見が行われなかったのは、事故の責任問題を表沙汰にしたくなかったからだ」という風説が根強く残ることになりました。

花總まりさんも同日退団でしたが、歴代最長トップ娘役というレジェンドのラストにしては、あまりに静かすぎるお別れになってしまったと感じたファンは少なくなかったようです。


退団後も続いた二人の絆——事務所設立とマネージャー関係

退団後の二人の関係は、ある意味で宝塚時代よりも「濃い」ものでした。

和央ようかさんは退団後に個人事務所「Wao Enterprise」を設立。

そこに花總まりさんが代表取締役として参加し、実質的にマネージャーも務めていたとされています。

表舞台のスターだった花總まりさんが、自らの芸能活動を完全にストップして、かつての相手役の裏方に徹するという、芸能界でもほぼ前例のない形です。

2006年の退団から2010年ごろまで、花總まりさんのメディア露出はほぼゼロ。

「どこにいるのか」とファンが心配するなか、ひっそりと和央ようかさんを支えていたわけです。

もともと「養子縁組しているのでは」という噂が宝塚時代からあった二人ですが、この期間にその噂はさらに加速しました。

二人の関係が「女優と付き人」でも「先輩と後輩」でもなく、もっと深いものだったのではないかという見方は、今も根強く残っています。


和央ようかに相次いだトラブルと花總まりとの関係への影響

ところが、退団後の和央ようかさんをめぐっては、いくつかのトラブルが噂されるようになります。

まず2008年の舞台「シカゴ」日本版では、米倉涼子さんとのダブル主演で話題に。

しかし同年、出演予定だった松竹の別舞台で「体調不良」を理由に突然降板。

制作側が代役を立てられず、舞台は公演中止となり、損害額は数千万円に上ったとされます。

さらに追い打ちをかけるように、共演予定だった俳優の園岡新太郎さんがSNSで「体調不良は嘘だった」「自分が目立つような演出を注文していた」と暴露。

週刊誌にも「ワガママ降板」として取り上げられ、和央ようかさんの印象は大きく傷つくことになりました。

また2009年には、上沼恵美子さんMCのバラエティ番組でピーター(池畑慎之介)さんが「女優W」について言及。

「千秋楽の楽屋に挨拶に行ったら、ダブル主演の相手が『知らないからいい』と言い放った」という話が広まり、不仲説に火がつきました。

こうした出来事が続く中、花總まりさんは2010年に舞台復帰を果たし、翌2011年春には「FROM FIRST」という別の芸能事務所に移籍しています。

事務所を離れた理由について、二人から公式なコメントは一切ありません。

ただ、「和央ようかさんとの仲が拗れたのでは」というファンの見方は、この時期から急速に広まることになりました。


共演NGの噂——2人はなぜ一緒に見られなくなったのか

花總まりさんが事務所を離れた2011年以降、二人の関係は大きく変化します。

退団後の共演としては、ミュージカル「ドラキュラ」(2011年・2013年)が現在確認できる最後のもの。

その舞台を観た観客からは「タカハナ、健在」という声が多く上がっており、少なくとも2013年時点では舞台上での共演は成立していました。

しかし問題は、その後です。

宝塚のOGが集まるイベントや記念公演で、二人のスケジュールが毎回微妙にずれるという現象が繰り返されるようになります。

「片方が出るイベントにはもう片方がいない」という状況が続き、ファンの間で「これは偶然じゃない」という見方が定着していきました。

2014年には和央ようかさんが作曲家のフランク・ワイルドホーンさんとの結婚を発表。

ハワイで行われた挙式に花總まりさんも出席したとも言われていますが、花總まりさん自身のブログやSNSではその結婚について一切触れられませんでした。

「出席したとしても、心境は複雑だったのでは」という憶測がファンの間で広がったのも、この頃からです。

現時点でも「共演NG」が公式に確認されたことはありません。

ただ、Yahoo!知恵袋などのQ&Aサイトを見ると、「共演NGなのでしょうか」という質問が繰り返し投稿されており、ファンにとってこれが長年の謎であり続けていることはよく分かります。


現在の二人の活動は?

花總まりさんは現在、舞台女優として第一線を走り続けています。

東宝版ミュージカル「エリザベート」では2015年以降、継続してエリザベート役を務め、「この役は花總まりさん以外に考えられない」とまで言わしめる存在になっています。

ドラマ出演やCM出演も増え、退団から20年近く経ったいまも、そのスター性はまったく色あせていません。

一方の和央ようかさんは夫のフランク・ワイルドホーンさんとともに、日米を行き来しながら活動中。

来日時にはコンサートやディナーショーを開催し、宝塚時代からの熱いファンたちが今も駆けつけています。2023年には35周年記念のディナーショーも開催されました。

活動拠点が日本とアメリカに分かれているという事実だけを見れば、「単純に物理的に疎遠になってしまった」というのが最も合理的な説明かもしれません。


まとめ

和央ようかさんと花總まりさんの「トラブル」や「共演NG」について、確認できる事実を整理すると、こうなります。

  • 退団後に花總まりさんが和央ようかさんの事務所を立ち上げ、数年間マネージャーとして支えた
  • 2010〜11年ごろに花總まりさんが事務所を離脱し、別の事務所に移籍した
  • 2013年のミュージカル「ドラキュラ」以降、公の場での共演が確認されていない
  • OGイベントのスケジュールが毎回ずれる現象が続いている

「なぜ離れたのか」「今も仲が悪いのか」については、二人とも公式には何も語っていません。

ネット上に溢れる情報の多くは、ファンによる憶測や匿名の証言に過ぎず、真相は関係者にしか分からないのが正直なところです。

それでも、かつて「宝塚史上最強のコンビ」と称された二人が、いつかまた同じ舞台に立つ日を待ち望んでいるファンは、いまも確実に存在します。

時間が経てば、また何かが変わるかもしれない。そう信じながら、それぞれの活躍を見守り続けたいと思います。

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