真風涼帆は何期?本名や何歳・生年月日・身長・高校までプロフィール完全まとめ

宝塚

元宝塚歌劇団宙組トップスターの真風涼帆さん。

175cmの長身から繰り出すダイナミックなダンス、ノーブルでクールな二枚目スタイルで、宝塚ファンのみならず多くの人を魅了してきたスターです。

2017年から2023年までの約5年7ヶ月にわたってトップスターを務め、平成以降では歴代3番目の長期記録を打ち立てました。

「まかぜすずほ」と読むのか、それとも別の読み方?

本名は?何期生?愛称「ゆりか」の由来は?

そんな疑問を持って検索している方も多いのではないでしょうか。

この記事では、真風涼帆さんの基本プロフィールから名前の由来、学生時代のエピソード、性格・人柄まで、集めた情報をもとに徹底解説します。

真風涼帆の読み方と基本プロフィール

まず気になる読み方ですが、「真風涼帆」は「まかぜ すずほ」と読みます。

一見難読に感じる方もいますが、「真風(まかぜ)」「涼帆(すずほ)」と分けて読むとスムーズです。

基本プロフィールをまとめると以下のとおりです。

  • 生年月日:1986年7月18日
  • 年齢:39歳(2026年4月現在)
  • 身長:175cm
  • 血液型:B型
  • 出身地:熊本県菊池郡
  • 出身校:熊本県立大津高等学校
  • 何期生:宝塚歌劇団92期生
  • 所属組:星組→宙組(2015年に組替え)
  • 愛称:ゆりか、すずほ
  • 趣味・特技:舞台・映画鑑賞、温泉旅行、ショッピング、インテリア、断捨離、ダンス

何期生かというと、2006年に92期生として宝塚歌劇団に入団しています。

入団後は最初に星組へと配属され、2015年に宙組へ組替え。

2017年から宙組の第8代トップスターとして君臨しました。

175cmの長身と手足の長さを活かしたダンスは特に評判が高く、スーツを着こなすセンスも抜群のスタイリッシュかつダイナミックな男役として知られています。

真風涼帆の本名と「ゆりか」という愛称の由来

本名松谷諭里華(まつたに ゆりか)といいます。

宝塚歌劇団では団員の本名や年齢は基本的に公表されないのが慣習ですが、

宝塚音楽学校の文化祭のパンフレットには本名と顔写真が掲載されるため、ファンの間では広く知られることになりました。

愛称「ゆりか」の由来は、まさにこの本名にあります。

本名の「諭里華」を「ゆりか」と読むことから、在団中から「ゆりか」という愛称で呼ばれるようになりました。

もう一つの愛称「すずほ」は芸名の下の名前「涼帆(すずほ)」からきています。

ファンや後輩からも親しみを込めて「ゆりかさん」「すずほさん」と呼ばれていたそうです。

本名をそのままニックネームとして使えるのは珍しいケースで、真風涼帆さんの場合は本名の響きが自然と愛称として定着した、ある意味で幸運なケースといえます。

宝塚ファンの間では「ゆりか様」と呼ぶ熱心なファンも多く、今もその愛称で親しまれています。

芸名「真風涼帆」の名前の由来

芸名「真風涼帆」の由来には、真風涼帆さんの故郷への深い愛情が込められています。

まず「」という漢字を芸名に入れたかった理由は、出身が熊本県の田舎町であること。

自分が生まれ育った土地の自然や風景をイメージして、「風」という字に強いこだわりを持っていたそうです。

そして「真風(まかぜ)」という言葉には、さらに深い意味があります。

熊本県では南西の風のことを「真風(まじ)」と書いて表すことがあり、地元の言葉・文化への敬意も名前に込められているのです。

「涼帆(すずほ)」という下の名前には、涼やかで帆を張って進んでいくような、清々しいイメージが感じられます。

「真風」が故郷の大地から吹く風を表すとすれば、「涼帆」はその風を受けて大海へと漕ぎ出す帆のよう。

地元熊本への誇りと、宝塚という大舞台へ飛び出していく自分自身の姿が重なる、非常に詩的な名前の由来です。

真風涼帆の出身高校と学生時代

真風涼帆さんの出身高校は、熊本県の公立校・熊本県立大津高等学校です。

サッカーの強豪校として知られており、日本代表として活躍した植田直通選手や谷口彰選手らも同校の出身です。

タカラジェンヌというと「お嬢様育ち」というイメージを持つ方も多いですが、真風涼帆さんは公立高校出身という、比較的庶民的な感覚を持ち合わせたスターとして知られています。

特に印象的なのが、高校時代のアルバイトのエピソードです。

宝塚音楽学校を受験するためのレッスン代が必要だった真風涼帆さんは、なんと地元のショッピングモール内のパン屋でアルバイトをしながら費用を稼いでいたそうです。

年賀状の仕分けという短期バイトもしていたという情報もあります。

「自分の夢は自分で切り拓く」という自立心と行動力は、学生時代からすでに発揮されていました。

また、高校2年生のときには体育祭の創作ダンス発表会で学校代表に選ばれ、熊本県の大会に出場して入賞するという実績も残しています。

母親がダンス教室を開いていたこともあり、幼い頃からダンスに親しんでいた真風涼帆さんの才能が、この頃すでに光り始めていたことがわかります。

真風涼帆の若い頃〜3度目の挑戦で掴んだ夢

真風涼帆さんののエピソードの中でも、特に多くのファンの心を打つのが3度の受験を経て宝塚に入団したという話です。

宝塚との出会いは中学3年生のとき。

地元熊本で開催された月組の全国ツアー公演「大海賊/ジャズマニア」を観劇し、その華やかな世界に一気に引き込まれたといいます。

観劇した会場にたまたま宝塚音楽学校の願書が置いてあったことから、「受けてみよう」と思い立ったそうです。

ところが1度目の受験は、ほぼ準備ゼロでの挑戦。

声楽もバレエもろくに習っていない状態で受験したため、当然のように2次試験で不合格となりました。

しかし、この失敗の後に花組の舞台を観劇したことで、宝塚への思いはさらに強くなります。

高校進学後、真風涼帆さんは本格的に声楽とバレエのレッスンをスタート。

前述の通り、そのレッスン代をパン屋のアルバイトで自ら稼ぎながら夢を追い続けました。

それでも2度目の受験も不合格に終わり、「これで最後」と決意を新たにして臨んだ3度目の受験で、2004年についに宝塚音楽学校への合格を果たします。

競争倍率21倍以上という狭き門を、2年越しの努力でくぐり抜けたのです。

入団後も苦労は続きます。

初舞台の稽古では「役を与えられて台詞を付けたところ、あまりの下手さに役が消えた」というほど未熟な部分もあったといいます。

しかしそんな真風涼帆さんの稽古を見た作曲家のフランク・ワイルドホーンさんは「あの子は絶対スターになる」と断言。

その言葉通り、入団4年目には新人公演の主演を任され、その後も5度の新人公演主演を務めるほどに成長を遂げました。

若い頃のこうした苦労と努力の積み重ねが、のちのトップスターとしての真風涼帆さんを作ったといえるでしょう。

真風涼帆の同期と成績

真風涼帆さんは宝塚歌劇団92期生として入団し、入団時の成績は48人中15番でした。

上位ではありましたが、飛び抜けた成績というわけではなく、むしろ入団後の努力と成長によってトップの座を掴んだといえます。

同期には、宝塚ファンにはおなじみのスターが多数います。

  • 鳳月杏さん(月組男役スター)
  • 蘭乃はなさん(元花組トップ娘役)
  • 彩凪翔さん(元雪組男役スター)
  • 煌月爽矢さん(元月組男役スター)
  • 天咲千華さん・月野姫花さん・透水さらささん・すみれ乃麗さんほか

合計10名という、各組にわたる豪華な同期に囲まれながら、真風涼帆さんはその中でトップスターへの道を歩みました。

主な受賞歴としては、2011年度新人賞(宝塚歌劇団年度賞・阪急すみれ会パンジー賞)、2013年度・2015年度に努力賞を受賞しています。

トップスターとしての成績も申し分なく、在任期間5年7ヶ月は平成以降では和央ようかさん・柚希礼音さんに次ぐ歴代3番目の長期記録となりました。

真風涼帆の性格・人柄

舞台上での真風涼帆さんはクールでノーブル、まさに「男役の理想形」といった風格を漂わせています。

しかし素顔の性格・人柄は、その印象とはかなり異なるようです。

ファンの間での評判を聞くと、「優しくてよく笑う」「よく喋る」という声が多く挙がります。

見た目はとっつきにくそうに見えるものの、ファンとのお茶会では楽屋での楽しいエピソードや舞台袖で起きた面白い出来事を話してくれることも多く、

上級生・下級生を問わずフランクに接していたことでも知られています。

トップスターでありながら「どこか庶民的で親しみやすい」という印象を持つファンが多いのも、公立高校出身でアルバイト経験もある、彼女のリアルな生活感からきているのかもしれません。

普段はおっとりとした雰囲気を持ちながら、舞台に向き合う姿勢は非常にストイックです。

公演中は食べ過ぎず空腹すぎず、歌ったり踊ったりするのに最適なコンディションを常に計算して飲食のタイミングや量を管理するといいます。

この徹底ぶりは、3度の受験失敗を乗り越えてきた努力家としての人柄そのものといえるでしょう。

また、不誠実なことがあったときは人並みに怒ることもあるそうですが、「美味しいものを食べて寝たらおさまる」という大らかな一面も。

礼真琴さんの身体能力に憧れているというエピソードも、向上心と素直さを持つ真風涼帆さんらしいエピソードです。

星組時代には師匠的存在である柚希礼音さんや紅ゆずるさんから多くを学び、「星組3兄弟」とも称される深い絆を育みました。

退団後もその絆は続いており、2024年のコンサート「unknown」には柚希礼音さん・紅ゆずるさん・朝夏まなとさんがゲストとして駆けつけるなど、仲間を大切にする人柄が伝わります。

まとめ

今回は、真風涼帆さんのプロフィールを、読み方・何期生・本名・愛称の由来・名前の由来・出身高校・若い頃のエピソード・同期・成績・性格と人柄にわたって詳しくまとめました。

「まかぜ すずほ」という読み方、本名「松谷諭里華(ゆりか)」から生まれた愛称、そして熊本への愛情が込められた芸名の由来。

どれをとっても、真風涼帆さんという人物の真摯さと個性が滲み出ています。

特に印象的なのは、3度の受験失敗を経て夢を諦めず、パン屋でのアルバイトでレッスン代を稼ぎながら宝塚入団を掴み取った若い頃のストーリーです。

その努力と粘り強さこそが、5年7ヶ月にわたる長期トップスターという輝かしいキャリアの土台になっているといえるでしょう。

2023年に宝塚を退団した後も、舞台女優として精力的に活動を続けている真風涼帆さん。

2024年には俳優の勝矢さんとの結婚も発表され、新たなステージへと歩み出しています。

これからの活動からも目が離せません。

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