大河ドラマや人気ドラマへの出演が続き、近年さらに注目を集めている女優・映美くららさん。
元宝塚歌劇団月組のトップ娘役として活躍し、退団後も舞台・ドラマ・映画と幅広く活躍するその姿は、多くのファンを魅了し続けています。
そんな映美くららさんですが、
「出身はどこ?」
「実家はどんな場所?」
「ご両親はどんな方?」
と気になっている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、映美くらら さんの出身地・実家・両親・家族エピソード、そして宝塚入団のきっかけとなった話まで、徹底的にまとめてご紹介します。
① 出身地は熊本県菊陽町
映美くららさんの出身地は、熊本県菊池郡菊陽町です。
菊陽町は、熊本市の北東に位置する自然豊かな地域です。
阿蘇の山々を望むことができ、周辺には白川や堀川が流れ、農業も盛んな肥沃な土地柄として知られています。
一方で近年は市街化も進み、商業施設や公園が充実し、熊本空港へのアクセスも良好なベッドタウンとして発展しています。
自然と生活が調和したこの環境が、映美くららさんの穏やかで芯の強い人柄を育んだといっても過言ではないでしょう。
② 実家と幼少期の生い立ち
映美くららさんが生まれ育った実家は、熊本県菊池郡菊陽町にあります。
地域のつながりが強く、子どもがのびのびと過ごせる環境が整った土地柄で、映美くらら さんも自然の中でゆったりとした幼少期を送ったとされています。
そんな幼少期から、映美くらら さんはバレエや日本舞踊に親しんでいました。
後のインタビューでは「子供の頃は人見知りでおとなしかった」と振り返りつつも、「バレエを習っていたので踊ることやステージに立つことは好きで、
年に一回の発表会でスポットライトを浴びることがとても楽しみだった」と語っています。
幼い頃から”舞台に立つ喜び”を知っていたことが、後の宝塚への夢につながっていったのかもしれません。
出身校は熊本信愛女学院中学校・高等学校。熊本市中央区にあるカトリック系の女子校で、落ち着いた教育環境の中で知られる学校です。
映美くらら さんはこの中高一貫校でバレエを続けながら学校生活を送り、女優としての表現力の基礎をこの時期に着実に積み上げていきました。
実家のある菊陽町は、熊本市中心部へのアクセスも良く、芸事の稽古場に通いやすい立地でもありました。
自然豊かな環境でのびのびと育ちながら、同時に習い事にも集中できたことが、後の宝塚音楽学校受験へとつながる素地を作ったと考えられています。
③ 両親と家族構成
映美くらら さんの家族構成は、父親・母親・兄の4人家族です。
過去のインタビューでは、家族の温かさをしばしば振り返っており、特に「家族の存在がいつも自分を支えてくれた」と語っています。
母親のエピソード
両親のなかでも、とりわけ深い絆で結ばれているのがお母様です。
芸名「映美くらら」の誕生にも、お母様が深く関わっています。
「くらら」という名前は学校時代の恩師が命名したもので、カトリックの聖女クララのように「美しく映える女性になってほしい」という願いが込められています。
そしてその「くらら」という名前に合うよう、「映美」という名前を考えたのはお母様でした。
周囲の愛情が詰まった、とても素敵な芸名誕生秘話です。
また、映美くらら さんが宝塚入団という大きな夢を抱いたとき、お母様は全力でその夢を応援し、精神的な支えとなってくれたといいます。
宝塚音楽学校の受験は2回目での合格でしたが、その過程でも母親の存在が大きな励みになったことは想像に難くありません。
父親のエピソード
お父様はユーモアあふれる方のようで、こんなエピソードが残っています。
映美くらら さんが2015年に会社経営者の男性と結婚したとき、お父様は娘と婿さんの雰囲気がよく似ていることに気づき、「兄妹みたいだ」と笑って話したというのです。
親らしい温かな視線と茶目っ気が感じられる、ほっこりするエピソードです。
兄とのエピソード
映美くらら さんには兄が一人います。
昔からとても仲が良く、互いに支え合う関係だったと語られています。
現在も仕事の合間に実家を訪れ、両親や兄と過ごす時間を大切にしているそうです。
こうした温かな家族の存在が、映美くらら さんの人柄の根っこを作ってきたのだと感じます。
④ 修学旅行で人生が変わった!宝塚入団のきっかけ
映美くらら さんが宝塚を目指すきっかけとなったのは、熊本信愛女学院中学校の修学旅行でした。
修学旅行で初めて宝塚歌劇を観劇した映美くらら さん。
その舞台の輝きに、観ている途中から「宝塚に入りたい!」という強い気持ちが芽生えてきたといいます。
そして帰りの迎えの車の中で、お母様に向かって「私、宝塚に入るから!」とまっすぐ宣言したのだとか。
突然の宣言ではあったものの、幼少期からバレエを続けてきた経験があったことで、舞台に立つことへの憧れが自然にひとつの形となった瞬間でもありました。
この修学旅行での体験が、宝塚音楽学校を受験するという明確な目標につながり、その後の努力の方向性を決める大きな転機となったのです。
宝塚音楽学校には2回目の受験で合格。1997年に入学し、1999年に宝塚歌劇団85期生として入団を果たします。
入団時の成績は11番という優秀な成績でした。
入団後はその実力をメキメキと発揮し、入団わずか3年目にして月組トップ娘役に大抜擢。
これは宝塚史上でもかなり早い昇格で、黒木瞳さんの2年目に次ぐスピード昇格として大きな話題を呼びました。
トップ就任の話を聞いたとき、翌日には発表ということで考える時間もなく、「私でいいんですか?」と思わず聞いたという、等身大のエピソードも残っています。
一度は「ここに入る!」と心に決め、2度の受験を経て夢をつかんだ映美くらら さん。
熊本の実家での幼少期、そして両親の応援があったからこそ、あの舞台の頂点に立てたのかもしれません。
⑤ 熊本地震と実家、今も続く故郷とのつながり
映美くらら さんと実家の絆を語るうえで欠かせないのが、2016年の熊本地震のエピソードです。
あの大きな地震では、映美くらら さんの実家も被災しました。
離れて暮らす映美くらら さんはすぐに連絡を取り、家族の安否を確認したといいます。
故郷・熊本への愛情と、家族への深い思いが伝わるエピソードです。
その後、家族一丸となって復旧に取り組み、この出来事を通じて家族の絆はさらに深まったといわれています。
現在も映美くらら さんは、忙しい仕事の合間を縫って子供たちを連れて帰省することがあります。
また、長い舞台仕事のときにはペット(トイプードルの桃子ちゃん)を実家の両親に預かってもらうほど、実家との関係は今も変わらず親密です。
仕事と子育てを両立しながらも、故郷・熊本の実家が心の拠り所になっているのは間違いないでしょう。
地元の人たちも映美くらら さんの活躍を誇りに思っているとされており、まさに「熊本が生んだスター」といえる存在です。
まとめ
今回は映美くらら さんの出身・実家・両親についてまとめてきました。
熊本県菊池郡菊陽町という自然豊かな地で生まれ育ち、バレエや日本舞踊に親しみながら過ごした幼少期。
中学の修学旅行で宝塚の舞台に心を奪われ、「私、宝塚に入るから!」と母親に宣言したあの瞬間。
そして芸名「映美」を一緒に考えてくれたお母様、娘夫婦を「兄妹みたい」とユーモラスに評したお父様、仲良く支え合ってきたお兄さん。
こうした温かな家族の存在と、熊本の実家という心の拠り所があってこそ、映美くらら さんは宝塚のトップ娘役を経て、現在の輝く女優へと成長してきたのだと感じます。
これからも女優・映美くらら さんの更なるご活躍を、心から応援しています。


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