元宝塚歌劇団 月組トップ娘役として活躍し、現在は女優として大河ドラマをはじめ数多くのドラマや映画に引っ張りだこの映美くらら さん。
そのキュートなルックスと確かな演技力は、宝塚時代から一貫して多くのファンを魅了し続けています。
そんな映美くらら さんですが、「どんな学校に通っていたの?」「宝塚を目指したきっかけは?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
本記事では、映美くらら さんの学歴にフォーカスし、小学校・中学から宝塚音楽学校入学までの道のりを、エピソードを交えながらたっぷりとご紹介します。
映美くらら の基本プロフィール
まずは映美くらら さんの基本的なプロフィールから確認しておきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 芸名 | 映美くらら(えみ くらら) |
| 本名 | 本山 麻衣子(もとやま まいこ) |
| 生年月日 | 1979年6月15日 |
| 出身地 | 熊本県菊池郡菊陽町 |
| 身長 | 159cm |
| 血液型 | O型 |
| 所属 | ジャパン・ミュージックエンターテインメント |
映美くらら という芸名には、素敵な由来があります。
「くらら」という名前は学校時代の恩師が命名し、それに合う「映美」という名字をお母様が考えたそうです。
「美しく映える聖女クララ」のような女性になってほしいという願いが込められており、まさに現在の映美くらら さんの凛とした姿を体現しているようなエピソードです。
出身地の熊本県菊池郡菊陽町は、熊本市中心部へのアクセスも良く、自然豊かで落ち着いた生活環境が整った地域。
幼い頃からバレエや日舞といった芸事に取り組んでいた映美くらら さんにとって、じっくりと習い事に打ち込める理想的な環境だったといえるでしょう。
映美くらら の小学校時代〜バレエとの出会い
映美くらら さんが通っていた小学校は、地元・菊陽町にある菊陽町立菊陽中部小学校とされています。
この時期からすでに、映美くらら さんの芸能人としての土台は着々と作られていました。
小学校の頃からクラシックバレエを習い始め、コツコツと努力を積み重ねる性格だったといわれています。
後の宝塚歌劇団での華麗なダンスパフォーマンスの原点は、実はこの幼少期のバレエレッスンにあったのです。
菊陽町は自然豊かで、地域コミュニティのつながりも強い土地柄。
そうした落ち着いた環境の中で、映美くらら さんは集中してバレエに取り組み、舞台表現の基礎を少しずつ身につけていったと考えられます。
この頃は宝塚の「た」の字も頭になかったはずですが、毎日のレッスンで磨かれた体幹やリズム感、そして努力を続ける姿勢が、後の「スピード出世」への大きな下地になっていたのです。
映美くらら の中学時代〜運命を変えた修学旅行
映美くらら さんの人生が大きく動いたのが、中学時代のことでした。
出身中学校について
映美くらら さんの出身中学は、熊本信愛女学院中学校とされています。
熊本信愛女学院は、熊本県熊本市中央区上林町にある1900年創立のカトリック系私立女子校。
中学校の偏差値は49〜50程度で、規律ある落ち着いた校風が特徴です。
同校はバレーボール部の全国的な強豪校としても知られており、女優の倉科カナさんやバレーボール選手の古賀紗理那さんも同校の卒業生です。
「ここに入ろう!」〜修学旅行での運命的な出会い
そして、映美くらら さんを語るうえで絶対に外せないのが、中学3年生の修学旅行でのエピソードです。
修学旅行で宝塚大劇場を訪れた映美くらら さんは、2階席から紫苑ゆうさん主演の『若き日の唄は忘れじ』を観劇。
その瞬間、舞台の華やかさと迫力に圧倒され、「ここに入ろう!」と強く心に誓ったといいます。
映美くらら さん自身が語っているのは、それまで「自分で何かを強くやりたいと思ったことがなかった」ということ。
バレエも続けてきたとはいえ、人生の目標として強烈に意識したのはこの瞬間が初めてだったそうです。
中学生の女の子が2階席から見上げた宝塚の舞台が、その後の人生をすべて決めてしまったというのは、なんともドラマチックなエピソードです。
ちなみに、小学校時代から続けていたバレエの経験は、この宝塚への夢と結びついたことで、単なる習い事から「夢への武器」へと変わっていきます。
中学時代に抱いた情熱は、その後の猛練習の原動力となっていったのです。
映美くらら の高校時代〜宝塚への挑戦と挫折、そして合格
熊本信愛女学院高等学校へ進学
中学卒業後、映美くらら さんはそのまま熊本信愛女学院高等学校へ内部進学しました。
熊本信愛女学院高等学校は、カトリックの精神に基づいた教育方針のもと、落ち着いた環境で学業に集中できる学校として知られています。
普通科特進コースの偏差値は56程度。映美くらら さんは普通科に在籍しながら、宝塚音楽学校を目指してレッスンに明け暮れる日々を送っていました。
1度目の不合格〜諦めなかった情熱
高校在学中、映美くらら さんは宝塚音楽学校の受験に臨みます。
しかし、1度目の挑戦は不合格。
宝塚音楽学校は過去最高倍率が48.2倍(1994年度)にもなる超難関校。
並大抵の覚悟では太刀打ちできません。
不合格という結果は、夢に向かって突き進んでいた映美くらら さんにとって大きな挫折だったでしょう。
しかし映美くらら さんは諦めませんでした。
2度目の挑戦で見事合格!
宝塚音楽学校には受験の年齢制限があります。
映美くらら さんにとって、高校2年生を終えた1997年が最後の受験チャンスでした。
退路を断つ形で臨んだ2度目の挑戦で、見事合格を勝ち取ります。
宝塚音楽学校合格が決まったことで、映美くらら さんは熊本信愛女学院高等学校を高校2年生の時点で中退。
一般的な高校卒業という道は選ばず、夢への扉を開くことを選んだのです。
映美くらら の学歴まとめ
ここで、映美くらら さんの学歴を一覧表で整理しておきましょう。
| 学校 | 種別 | 備考 |
|---|---|---|
| 菊陽町立菊陽中部小学校(推定) | 公立小学校 | 小学校時代からバレエを習い始める |
| 熊本信愛女学院中学校 | 私立中学校(カトリック系) | 修学旅行で宝塚を観劇し入団を決意 |
| 熊本信愛女学院高等学校 | 私立高校(カトリック系) | 高校2年で中退(宝塚音楽学校合格のため) |
| 宝塚音楽学校 | 宝塚歌劇団の養成機関 | 1997年入学(2度目の受験で合格) |
| 大学 | ― | 進学なし |
まとめ
映美くらら さんの学歴と生い立ちを振り返ると、「バレエとの出会い」と「修学旅行での宝塚観劇」という2つの体験が、その後の人生を決定づけていることがよくわかります。
小学校時代からバレエを続けてきたことで培われた表現力と身体能力。
そして中学3年生の修学旅行で宝塚の舞台に魂を揺さぶられた瞬間の感動。
その2つが重なり合って、映美くらら さんは「宝塚に入る」という揺るぎない夢を持つに至りました。
1度の不合格を経ても諦めず、最後のチャンスで宝塚音楽学校合格を勝ち取った粘り強さ。
そのメンタルの強さが、入団わずか3年目での月組トップ娘役就任(宝塚史上でも黒木瞳さんに次ぐ異例のスピード昇格)という偉業へとつながっていったのでしょう。
宝塚退団後も女優として着実にキャリアを重ね、現在はNHK大河ドラマへの出演も果たしている映美くらら さん。
熊本の地でバレエを始め、修学旅行で夢を見つけた少女は、今も輝き続けています。
これからのさらなる活躍から目が離せません。


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