元宝塚歌劇団宙組トップスターとして活躍し、退団後も女優・歌手として幅広く活躍する凰稀かなめさん。
そのルックスの良さや立ち居振る舞いの上品さから、
「実家はお金持ちなのでは?」
「どんな学校に通っていたの?」
と、学歴に興味を持つファンも少なくありません。
実は凰稀かなめさんの学歴には、”高校”が存在しません。
中学卒業後すぐに宝塚音楽学校へ進んだという、ほかの芸能人とは少し異なるユニークな経歴の持ち主なのです。
この記事では、凰稀かなめさんの学歴を中学・高校・宝塚音楽学校と順を追って詳しく解説します。
出身校にまつわる情報の混乱を整理しつつ、宝塚を目指したきっかけや一発合格の背景まで、徹底的にまとめました。
凰稀かなめの学歴を一覧で確認
まずは凰稀かなめさんの学歴を表で確認しておきましょう。
| 段階 | 学校名 | 備考 |
|---|---|---|
| 中学 | 私立順心女子学園中学校(現・広尾学園) | 東京都港区南麻布/いわゆるお嬢様学校 |
| 高校 | 進学なし | 中学3年生で宝塚音楽学校に一発合格 |
| 専門 | 宝塚音楽学校(86期生) | 1998年入学・2000年卒業 |
| 劇団 | 宝塚歌劇団 入団 | 入団時成績は20番 |
ポイントは「高校なし」という部分。一般的な芸能人や女優さんとは異なり、凰稀かなめさんは中学卒業後すぐに宝塚の道へと進んでいます。
それぞれについて、以下で詳しく見ていきましょう。
凰稀かなめの中学はどこ?順心女子学園とはどんな学校か
出身中学は「私立順心女子学園中学校」
凰稀かなめさんの出身中学校は、私立順心女子学園中学校です。
これは複数の信頼性の高い情報源から確認できます。
まず、ユニバーサルミュージックが掲載している公式バイオグラフィーには「学歴:順心女子学園中等部 卒業」と明記されています。
さらにWikipediaにも「神奈川県川崎市、私立順心女子学園中学校出身」と記載されており、
宝塚歌劇団86期生の研究科1年成績上位者リストにも「凰稀 かなめ(雪組 / 神奈川県川崎市 / 私立順心女子学園中学)」とはっきり掲載されています。
複数の公的資料が一致しており、信頼度の高い情報といえます。
「広尾学園出身」という記事との違いに注意
ネット上では凰稀かなめさんの出身中学を「広尾学園中学校」と紹介しているサイトも見られます。
これは誤りではなく、同一の学校を別名で呼んでいるに過ぎません。
私立順心女子学園中学校は2007年に男女共学化を行い、校名を「広尾学園中学校・高等学校」に改称しました。
つまり「順心女子学園中学校」と「広尾学園中学校」は同じ学校であり、凰稀かなめさんが在学していた当時の校名が「順心女子学園」だったというわけです。
凰稀かなめさんが宝塚音楽学校に入学したのは1998年のことですから、在学中の校名は当然「順心女子学園」です。
「広尾学園出身」という表記は、校名変更後の現在の名称で記述したものであり、実質的には同じ意味を指しています。
順心女子学園はどんな学校だったか
順心女子学園中学校は、東京都港区南麻布に位置する中高一貫の私立校です。
大正7年(1918年)に板垣退助夫妻らの尽力により「順心女学校」として設立された、100年以上の歴史を持つ学校です。
凰稀かなめさんが在学していた当時は女子校であり、世間では「お嬢様学校」として知られていました。
中学校から私立に通うというのは、ある程度の経済的な余裕が前提となります。
このことが、凰稀かなめさんの実家が裕福だという噂の根拠のひとつにもなっています。
なお、2007年の共学化以降は入試偏差値が飛躍的に上昇し、現在の広尾学園は首都圏でも有数の進学校として知られています。
ICT教育やインターナショナルコース、医進・サイエンスコースなど先進的な教育で注目を集めており、凰稀かなめさんの母校は大きく変貌を遂げています。
凰稀かなめに高校はない!宝塚音楽学校への一発合格
中学卒業後すぐに宝塚音楽学校へ
凰稀かなめさんには、一般的な意味での「高校」が存在しません。
中学3年生のときに宝塚音楽学校の入学試験を受験し、見事一発で合格したため、高校に進学することなく宝塚の道へ進んだのです。
宝塚との出会いは、中学3年生のときにテレビで宝塚歌劇団の舞台を見たことがきっかけでした。
その映像に衝撃を受けた凰稀かなめさんは、すぐに宝塚受験に強いと評判の「東京アートスクール」に通い始め、バレエや声楽などのレッスンを重ねていきます。
宝塚音楽学校の受験はなぜ難しいのか
宝塚音楽学校は、宝塚歌劇団のタカラジェンヌを養成する唯一の学校であり、卒業生全員が宝塚歌劇団に入団できるという特別な機関です。
その分、入学試験は非常に狭き門として知られています。
受験資格があるのは中学3年生から高校3年生までの女子に限られており、人生で最大4回しかチャンスがありません。
試験では面接・歌唱・舞踊・健康診断など複数の審査が行われ、競争倍率は約25倍にも及びます。
ルックス・声量・柔軟性・華やかさなど、総合的な審査基準が設けられており、並大抵の準備では合格できない超難関です。
わずか1年のレッスンで一発合格した理由
凰稀かなめさんが特筆すべきなのは、レッスンを始めてからわずか1年で一発合格を果たしたという点です。
多くの受験生が複数年にわたってレッスンを続けながら挑戦することを考えると、これは驚異的なスピードといえます。
合格の背景には、173cmという際立ったスタイルの良さと整ったビジュアルが大きく評価されたとも言われています。
また、宝塚音楽学校は受験時点での完成度だけでなく「将来性・個性・才能・熱意」を重視する審査方針を掲げており、凰稀かなめさんが持つ素質と可能性が高く評価されたのでしょう。
1998年に86期生として宝塚音楽学校に入学し、2000年に卒業。宝塚歌劇団へは入団時成績20番という好成績で入団を果たしています。
同期43名のうち最終的にトップスターとなったのは凰稀かなめさんと娘役の陽月華さんの2名のみという、まさに輝かしい結果を残しています。
学歴が示す凰稀かなめの”育ちの良さ”にまつわる噂
凰稀かなめさんをめぐっては「実家はお金持ち」という噂が長年語られています。
その根拠として挙げられているのが、中学から都内の私立校である順心女子学園に通っていたという学歴です。
さらに、宝塚歌劇団に入団後は衣装や稽古着など月に100万円近くの費用がかかるとも言われており、それを支えられる家庭環境にあったことは事実として語られています。
父親については、かつての大成建設のホームページに「三人姉妹の末が宝塚音楽学校に入学した」と語る池口工事長のインタビューが掲載されており、
凰稀かなめさんの本名「池口」という姓と一致すること、
3人姉妹の末っ子という点が重なることから「父親は大成建設の重役では」という噂が広まりました。
また、母親については「大倉財閥の血筋」という情報もネット上で見られますが、こちらも凰稀かなめさん本人が公言したものではありません。
あくまでも噂の域を出るものではなく、事実かどうかは確認されていません。
ただ、東京都港区の私立中高一貫校に通い、宝塚音楽学校受験のためのスクールに通い続けられた経済的な背景を考えると、
一般的な家庭と比べて経済的に余裕があったことは想像に難くないでしょう。
まとめ
凰稀かなめさんの学歴について、改めて整理しておきましょう。
- 中学:私立順心女子学園中学校(現・広尾学園)を卒業。東京都港区南麻布にある伝統的なお嬢様学校として知られる私立の中高一貫校。
- 高校:進学なし。中学3年生のとき、宝塚音楽学校の入学試験にわずか1年のレッスンで一発合格したため、高校には通っていない。
- 最終学歴:宝塚音楽学校(86期生)。1998年入学・2000年卒業。
「順心女子学園中学校出身」と「広尾学園中学校出身」という2つの表記が混在している点については、2007年の校名変更によるもので、どちらも同じ学校を指しています。
中学3年生でテレビ越しに宝塚と出会い、1年間のレッスンで難関を突破した凰稀かなめさん。
その後、宝塚歌劇団宙組のトップスターにまで上り詰め、2018年には文化庁芸術祭演劇部門新人賞を受賞するなど、退団後も舞台・ドラマ・映画と幅広いフィールドで活躍し続けています。
学歴という切り口から見ても、凰稀かなめさんがいかに早い段階から一点集中で夢に向かって進んできたかが伝わってきます。
そのまっすぐな姿勢こそが、今日の輝きにつながっているのかもしれません。


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